求められ続ける支援とは?行列ができる炊き出しから見えること。

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続く支援と終わってしまう支援

被災地で喜ばれる支援の1つに炊き出しがある。
しかし、ある炊き出し支援が、人が集まらないため終了するというニュースを耳にした。
時を同じくして、広島県安芸郡坂町の小屋浦地区で毎回多くの人でにぎわう炊き出しがあるとの情報提供があった。

支援したい気持ちは同じなのに、終わってしまう支援と求め続けられる支援。
その違いはどこにあるのか。

そんな想いを胸に、いまだ不通の区間もある(2018年11月現在)JR呉線に乗って小屋浦に向かった。
JR小屋浦駅の一つ手前のJR水尻駅からはスピードを落として徐行運転になる。
駅に降り立つと、駅舎のそばにあった電話ボックスがひどく歪んだまま残されていた。
災害から5か月経つというのに、その傷跡はまだ生々しい。

炊き出しが行われているのは、JR小屋浦駅から徒歩数分のところにある『ちぐさ美容室』の駐車場。
小屋浦地区のボランティア活動の拠点、小屋浦サテライトがおかれた小屋浦児童公園と同じ通り沿いにある。

炊き出しを支える二人

中心になって活動しているのは、理学療法士として施設で働きながら、有志が集まって運営する農園の活動にもたずさわる山根潤子さん(写真左)と、広島市内でワインバーを営む廣中祐二さん(写真右)のふたり。
今回で4回目の開催になるという。

二人の役割分担は明確だ。
山根さんがまず場所を確保して、周辺の住民に挨拶や告知をしてまわる。
炊き出しスタッフを募り、仲間を繋いでいく。

廣中さんは、調理のノウハウの提供、そして材料や調理器具の調達。
ちなみに廣中さんは店で使う野菜の仕入れ先だった東広島市志和町で被災した農家の支援もしており、その農家から野菜を購入し、その野菜をこの炊き出しで使うことで2重の支援も行っている。

きっかけは「温かいものを食べたい」という被災者の言葉

この炊き出しを始めたきっかけを聞いてみた。

「災害直後、土砂出しなど力仕事のボランティアをする中で、被災者の方々の食事情を聞いて、食事面での支援ができないかと考えたのが最初のきっかけです。
小屋浦地区は当時、スーパーは休業、買い物に行く車も流され、JRの電車も運休したまま。
買い物に行くこともできない住民の食事は、配布される冷たいお弁当だけでした。
皆さんに食べたいものを聞くと、真夏の暑い時期なのに「温かいものが食べたい」といわれたんです。
そんな切実な想いになんとか応えたい、その一心でした」と山根さんは振り返る。

山根さんはそんな小屋浦の様子と自身の想いをFacebookに日々投稿した。

山根潤子さんのFacebook 投稿(7月16日)

それを目にした廣中さんが山根さんに声をかけ、一緒に炊き出しをすることになった。廣中さんも災害直後から自身の店でチャリティを行うなどして寄付金を募りながら、「何かできないか」と模索していた時だった。

そんな二人のピースがピタリとはまった。

大勢の仲間に支えられて

この日の炊き出しのメニューはこちら。

そんな二人のもとには、志をともにする多くの仲間が毎回集まってくる。
スタッフ各々ができる支援を自発的にするというのがここの炊き出しの特徴だ。
芋煮用の里いもの皮むきは前日にボランティアが集まって行った。
写真中央は、呉市倉橋島で半農半漁をしている半田さん。
実は半田さん自身も今回の西日本豪雨で被災した一人でもある。
今回は養殖している牡蠣を100個以上持参し、仲間と炭焼きして提供した。

ぷりっぷりの焼きたて牡蠣は大人気。
芳ばしい匂いに大行列ができ、開始後1時間もしないうちになくなった。

こちらは尾道からタコス店のオーナーが材料を携えてかけつけていた。
「タコスが皆さんに受け入れてもらえるか心配」と話していたが、こちらも行列ができるほど好評だった。

求められる支援のために必要なこと

山根さんと廣中さんに、人が集まらずに終了してしまう炊き出しがあることを伝えた。
二人は驚くとともに、こんな話をしてくれた。

「私たちが意識しているのは、開催する前に現地の皆さんの要望を聞いて、温かいもの、季節の野菜など皆さんが食べたいものを用意すること、またSNSなどでも告知していますが、開催前からチラシを作って、近所の家を一軒一軒挨拶して回って、開催するということを直接伝えるようにしています」と山根さんは語る。

どれも当たり前だが見落としがちなこと。それを一つひとつ丁寧にすることが、求められ続ける支援のコツなのかもしれない。

これから必要なのはコミュニティの場

「災害直後の1回目の炊き出しは、とにかく温かいものを食べてもらいたい、その想いだけだった。食べに来てくれた地域の方も、疲れ果てた表情でみんなに笑顔はなかったと思う」と廣中さんは当時を振り返る。

2回、3回と回を重ねるごとに、「また来たよ」と言ってくれる常連さんも増え、少しずつ笑顔もみられるようになった。
4回目となる今回、廣中さんは初めてワインを用意した。
「お酒もそろそろ解禁じゃないかな」と、眼を細める。

廣中さんの言葉にうなずきながら、山根さんはこう答えてくれた。

「これからはお腹を満たす炊き出しではなく、食を介したコミュニティの場を作るということにシフトしていくのかな。皆さんの要望に耳を傾け、少しずつ形を変えながら続けていけるといいなと思います」

 

いまできること取材班
文・写真 イソナガアキコ