元阪神助っ人から「お前ならやれる」 異国の地で勝負を決めた右腕の挑戦

コロンビアのウインターリーグ、トロス・デ・シンセレホでプレーする片山悠(右)と樽見万寿樹【写真:福岡吉央】

四国IL愛媛でプレーした片山悠はコロンビアで勝負

 コロンビアで行われている野球のウインターリーグに、日本の独立リーグの選手が挑戦している。トロス・デ・シンセレホには、今年、独立リーグの四国アイランドリーグplus・愛媛マンダリンパイレーツでプレーしていた片山悠投手、樽見万寿樹(まじゅき)投手が所属。ティグレス・デ・カルタヘナではBCリーグ・石川ミリオンスターズを退団した宮澤和希外野手がプレー(すでに退団)。レオネス・デ・モンテリアには、ドミニカ共和国などでプレーしていた谷口容基(ひろき)内野手が練習生として支配下登録を目指している。

 冬でも連日、気温30度以上の蒸し暑い気候が続くコロンビア。リーグは国の北部にあるカリブ海沿いの地域を本拠地とする4チームで構成されており、今年は11月2日に開幕。12月末までのレギュラーシーズンで各チーム42試合を戦い、上位3チームが1月上旬から始まるプレーオフに進出。プレーオフを勝ち上がれば1月中旬から始まるファイナルに進出し、優勝チームはメキシコ・ベラクルスで開催されるラテンアメリカシリーズへの出場権を獲得できる。

 同大会にはコロンビアのほかアルゼンチン、キュラソー、メキシコ(ベラクルス州独立リーグ)、ニカラグア、パナマの各国王者が出場予定。中南米の国際大会ではメキシコ、ドミニカ共和国、プエルトリコ、ベネズエラ、キューバの各国リーグ王者で争うカリビアンシリーズが知られているが、ラテンアメリカシリーズは、カリビアンシリーズには招待されていない国の王者が頂点を争う、もう1つの国際大会という位置付けだ。なお、2020年のカリビアンシリーズには上記の5か国に加え、ニカラグア、パナマ、コロンビアの各国ウインターリーグ王者が招待されることが発表されている。

 そんなコロンビアリーグで積極的にスペイン語を覚え、現地の野球を吸収しようとしているのが、トロス・デ・シンセレホの片山悠だ。日本では昨年から2年間、愛媛でプレー。17年は満足いく成績を残せなかったが、リリーフを務めた今季はセットアッパーとして納得の結果を出し、コロンビアのウインターリーグ挑戦を決めた。

「今しか行ける機会はない。(引退して日本で)仕事をしていたら無理だし、今後にもつながる。行ってみようと思った。サッカーの代表選手が銃で撃たれて死んでいる国というのは知っていたし、危険なイメージはあったけど、自分は気にしないタイプ。不安はなかった」

コロンビア挑戦を後押しした元阪神ペレスの言葉

 コロンビア挑戦の話は、元阪神で、今年愛媛でチームメートだったドミニカ共和国出身のネルソン・ペレス外野手経由で10月に来た。今季、四国アイランドリーグplusで本塁打王と打点王の2冠に輝いているペレスは16、17年と過去2年、オフにコロンビアのウインターリーグを経験しており、今年も首位を走るカイマネス・デ・バランキージャで不動の4番としてプレーする。

 宮崎でフェニックス・リーグに参加していた片山は「お前ならコントロールと投球術があるからやれる」というペレスの言葉でコロンビア行きを決断。同時期に、阪神からも打撃投手としての話をもらっていたが、11月の秋季キャンプからの参加が条件だったため、迷った挙句、阪神に断りを入れ、荷物をまとめた。

「今後、また日本でプレーしていればNPBにいけるチャンスはあるかもしれない。でも、ペレスが声を掛けてくれた今しか、コロンビアに行けるチャンスはないと思った。打撃投手からプロという可能性もゼロではないと思ったけど、現役引退になる。日本にいればもう1年独立リーグでやって、その後、プロに挑戦できる可能性はある」

 元々、敷かれたレールの上で野球生活を送ってきた訳ではなかった。東海大山形から東海大に進学したが、高校の監督から大学野球部入部の推薦がもらえなかったことから野球部には入らず、クラブチームの横浜ベイブルースでプレー。大学卒業後は都内の企業に勤務しながら、横浜ベイブルースで野球を続けていた。だが、教育実習で母校の東海大山形に戻った時に、高校時代の監督から「お前なら大学でできた」と言われたことが心の中に引っかかっていた。チームの先輩が愛媛でプレーしていた縁もあり、トライアウトを受験し、合格。1年間勤務した仕事を辞め、独立リーグからNPBを目指す道を選択した。

 1年目はゼロどころかマイナスからのスタートだった。「球速をはじめ、大学で4年間、野球部でやっていなかった間のブランクの大きさも痛感したし、体もシーズンを通して戦える体ではなかった」。クラブチーム時代の5年間は練習は週末のみ。平日はジムで個人トレーニングをするしかなかった。

 直球の最速は143キロ。河原純一監督からは「大学で体づくりができる期間にもっとやっていれば伸びたんじゃないか」と言われ、その遅れを取り戻そうと、必死にトレーニングに励んだ。疑問があればすぐに監督の元にも足を運び、投球術を吸収した。その甲斐もあり、1年目に5.96だった防御率は2年目の今年、リーグ2位の1.92にまで上がった。

 今年からキャッチボール相手が、かつて日本ハム、阪神、ヤクルトでプレーした正田樹投手になったことも大きかった。「フォームのバランス、リリースのタイミングさえあえば、理論的にはボールは絶対に同じところにいく」という正田のアドバイスを受け、キャッチボールから投球フォームを意識してきた。正田は台湾やドミニカ共和国でもプレー経験があり、出発前には「海外の打者はパワーが強いから甘くいったら打たれる。今年結果が残せたのはしっかりボールの出し入れができたから。今年日本でできたことができれば、よっぽどのことがない限り、打たれることはない」と背中を押された。

日本では救援も、コロンビアでは先発として好成績

 愛媛では今季リリーフだったが、コロンビアでは先発を任され、ここまで9試合に登板し、3勝0敗、防御率2.45。先発の一角として、助っ人として、期待通りの役割を果たしている。だが、日本のように先発が長いイニングを任されることは少なく、リリーフ陣が手厚いチーム事情もあり、トロスではどの投手も5、6回まででの降板がほとんど。そして片山は失点のほとんどを本塁打で献上。スピードがなくても制球力があれば抑えられるという手応えとともに、海外の打者のパワーのすごさも痛感している。「ストライクゾーンが日本よりも広く感じるので、コントロールを大事にして投げないといけない」。

 球場のコンディションは日本と比べてかなり劣る。守備陣の失策で足を引っ張られることも多く、5種類の球種を交えて打たせて取るタイプの片山には不利な環境だが、不満を言うことはない。「日本だと外野フライかなって思う詰まった当たりでも、こっちの選手だと打球がスタンドに入っちゃう。本当に1発は気をつけないといけないですね」と、1球の失投が命取りになることを実感し、マウンドに立っている。

 所属する選手は地元のコロンビア人をはじめ、助っ人のドミニカ人、ベネズエラ人、パナマ人と全員がスペイン語圏出身。最初は挨拶もままならなかったが、必死にスペイン語を覚え、今では単語で簡単な会話ができるまでになった。「これは日本語で何ていうんだ?」と、日本語を覚えようとしてくれる選手も多く、片山や樽見の登板時にはベンチから「ガンバッテ」「イイヨ」「ラクニ」「ヒロクヒロク」など日本語での応援が飛び交う。

 リーグは月曜、木曜が休みで、試合は週5日。ビジター時はバスで片道2?6時間掛けて移動し、試合を行う。遠征先から戻るのが翌朝になることもある。日帰りの遠征も多く、体への負担は大きい。老朽化の激しいホームスタジアムでは、試合中に球場の照明が一部落ち、試合が約30分間中断したことが3回。片山の登板時にも1回起こり、試合中に肩を作り直した。リーグからの給与未払いによる審判団のストライキで試合開始が1時間遅れたことも。貸切のはずのチームバスに練習用の帽子や枕を置いてホテルに戻ると、翌日無くなっていたこともあった。片山は「日本ではありえないことが本当に毎日起きますよ」と笑い飛ばす。

将来は指導者に、選手として行けなかった甲子園出場が夢

 異国での生活にも慣れてきた。樽見や地元以外の出身の選手らとともにホテル暮らしの生活。「コロンビアは水道水が飲めないので水を買わななきゃいけないし、トイレに紙を流せない。日本って本当に便利なんだと思った。家の建て方も、日本はしっかりしていて虫が入ってこないけど、こっちは違いますからね。でも、住んでいる人は優しい人が多くて、食事も美味しい。気に入っています。ファンの方も熱狂的だし、ベンチからだけじゃなくスタンドからも名前で応援してくれるんです。気候は日本の夏のように蒸し暑いので、すぐに体が温まるし、体が動く」と声を弾ませる。

「球速的にも日本でプロになるのは現実的に厳しいというのは分かっている」とも話す片山は、引退後は高校で野球部の監督を務め、選手としては行けなかった甲子園にチームを連れて行くことが夢だという。大学卒業後、企業で働いたのも「高校で教師を務めるなら、進路指導もしないといけない。そのためには自分も社会人を経験しておいたほうがいいと思ったから」。そして「海外の野球やトレーニング方法を自分の目で見て知っておきたかった」と、コロンビアでも練習中、チームメートやコーチ陣に積極的に質問をぶつけるなど、指導者としての将来を見据え、グランドでも何かを吸収しようという姿勢を貫いている。

 チームメートにはメジャー経験者やコロンビア代表の選手も多く、片山にとっては最高の環境だ。チームは現在4チーム中、2位。プレーオフ進出も決まった。片山は先発ローテの座を守り、そしてファイナルに進出してコロンビアの頂点に立つことが今の目標だ。「どうせなら優勝してメキシコでの大会に出たい。いろんな国の打者と対戦したいですね」。言葉も文化も環境も違うコロンビアでの挑戦。強い日差しを浴びてグラウンドに立つ片山の瞳は、南国の太陽のように輝いている。(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)

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