羽生さん無冠に

 2010年に発表された1冊の本がある。「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」。将棋にあまり詳しくない人がしばしば口にする素朴な疑問を、そのまま題名にしたのだという。著者は米国を拠点に活動するIT企業コンサルタントの梅田望夫氏▲将棋界には才能にあふれた魅力的な人材が数多くいて、全ての研究成果が瞬時に皆に共有される環境の下で、紙一重の戦いが続いている-そのことを広く知らせることも執筆動機の一つだったそうだ▲その厳しさの中、それでもずば抜けた結果を出し続けてきた羽生善治さんだったが、一昨日、竜王戦の7番勝負で防衛に失敗、27年ぶりに無冠に▲「無冠」が世間の耳目を集めること自体、足跡の偉大さを何より物語っているが、どの世界にも世代交代はつきもの。もちろん将棋界も例外ではない。現在、八つある主要タイトルのうち、四つのタイトル保持者は平成生まれ▲通算勝率が7割を超える羽生さんもここ数年の勝率は5割台だ。「なぜ羽生さんだけ」は、平成の終わりとともに、過去の問いになりつつあるのかもしれない。ただ▲最終局は劣勢の将棋を秒読みになるまで丁寧に指し続けた。執念も情熱もきっと変わっていない。一時代が終わったのかどうか、結論はもう少し先で出したい。(智)

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