「私は私でいい」詩集・鼓動で切なる心情 横浜詩人会賞の井上摩耶さん

 多様なルーツを持って生きる人は、周囲との違いから、時に深い孤独との対峙(たいじ)を迫られる。シリア系フランス人の母と日本人の父の間に生まれた詩人井上摩耶(まや)(42)=横浜市青葉区=もその一人。詩集「鼓動」(コールサック社)に収めた一編は、「自分とは何か」を問い続けてきた切なる心情をうたう。「私は私でいい」。そう認められるようになったのは、心のよりどころでもある詩の存在がいつもそばにあるからだ。

 〈自分のアイデンティティなんて 二十歳を超えてもわからずにいた〉

 同書一章目にある詩「愛を求め続けて」の一節。この作品では「外人」「宇宙人」と呼ばれた幼い頃の記憶や、「ハーフって何かいいよね」と根拠なくもてはやされた過去をつづり、自己の本質と向き合っている。

 「普通って何だろう」。井上はそんな疑問と隣り合わせの日々を送ってきた。「日本人らしい」とされる容姿から離れていることで異質なまなざしを向けられるかと思えば、「ハーフ」であることが「かっこいい」と持ち上げられることもあった。過度な特別扱いは自身と他者との違いを際立たせ、それは精神的なストレスとなった。

 「逆にみんなは同じでいいじゃん。人と違うってすごく嫌なことだよって、当時は思った」

 舞台美術などを学ぼうと高校2年の夏休みに単身渡米。そこは人種も文化も「ごちゃ混ぜ」だった。「特別な自分なんてうそだ」。そして今度は自分を見失っていく。「自分は自分」と気が付くことができた一方で、いざ大勢の中に埋もれると、「(自身が)まるで米袋の中の米一粒みたいに思えた」。もっと内面を掘り下げて、自己を確立しなければ。そんな焦りにも似た気持ちが、〈自分のアイデンティティなんて-〉の一節につながった。

 詩を書き始めたのは小学校高学年の時。中学2年の頃から、少しずつ自分の内面と向き合う作品を作っていった。20歳で心の病を発症し入退院を繰り返したが、常に詩の創作とともにあった。「私にはこれしかないから」。思いを吐き出せる居場所は、自身が紡ぐ詩の中にこそあった。

 横浜詩人会主催の「第50回横浜詩人会賞」に選ばれた「鼓動」は、3年前に亡くなった父で詩人の輝夫への追悼詩集として、昨年刊行された。孤独、父母との歳月、戦争や平和を描いた25編を収録。社会の片隅で、今も孤立の淵に立つ多くの存在をそっと励ますような、井上の繊細で実直な感性で満たされている。

 アイデンティティーの悩みを克服したか、と問われれば、まだ首を縦には振れない。でも、「私は私でいい」と少しずつ思えるようになっている。「愛を求め続けて」でつづった別の一節にあるように、「ずっと形にならなかった私の一部が、『詩』として立ち上がったから」。

 同じようにさまざまなルーツを持って日本で生きる人々を思い、井上は真っすぐな目で言った。「自分の中でのコンプレックスや葛藤を乗り越えて頑張っている姿を見ると応援したくなるし、私もそうありたいと思う。だから、これからも書き続けたい」

「読み手が一編の詩の中に自分を見いだせる、そんな作品を生むのが理想」と話す井上摩耶=横浜市青葉区

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