コロンビアで武者修行する日本人左腕 先発ローテ入りが目標、夢はNPB選手

コロンビアのウインターリーグで奮闘する樽見万寿樹(左)と片山悠【写真:福岡吉央】

元阪神助っ人・ぺレスが決断を後押し

 コロンビアのウインターリーグで先発ローテの座をつかもうと必死にもがいている日本人がいる。16年から四国アイランドリーグplusの愛媛でプレーしている樽見万寿樹(まじゅき)投手(23)だ。今年まで同じ愛媛でプレーしていた同僚の片山悠投手(24)とともに、トロス・デ・シンセレホの助っ人として異国の地を踏んだ。

 コロンビアで日本人の先発を探しているチームがあるという話をチームメートから耳にしたのは10月上旬。だが樽見は当初、あまり興味を示さず、乗り気でもなかったという。

「最初は『へえ、そんな話があるんだ』という程度だった。ある程度実力がないと通用しないだろうし、危険なところでもある。周りの人に迷惑はかけられないし、通用しないのなら行っても意味がないと思った。でもチームメートのペレスから直接『お前の球なら大丈夫。通用する。樽見ゴー!』と言われ、怖さはあったけど、若いうちにしかできないことだと思って決断した。頑張ればやれるのに、断る理由はなかった」

 樽見の直球の最速は138キロと決して速くはない。だが元阪神で、愛媛でチームメートだったネルソン・ペレス外野手は16年からオフにコロンビアでもプレーしており、ボールの回転数が約2400回とキレのいいボールを投げ、愛媛でも今季18試合3勝2敗、防御率2.76と結果を残していた樽見ならコロンビアでも通用すると太鼓判を押した。

 かつてコロンビアのウインターリーグに挑戦しようとしたことがある日本人の存在も知っていた。地元愛媛でバーを経営している小野真悟だ。本人から直接話を聞いたことはなかったが、知人ともに樽見もそのバーを訪れたことがあった。国内の独立リーグでプレー後、米国、メキシコのマイナー、ドイツと渡り、コロンビアのウインターリーグでも選手登録を目指して練習生として励んでいた先人の存在も、樽見の決断を後押しした。

日本とは何もかも違う環境も「生活は楽しい」

 だが、到着初日からサプライズが待っていた。日本から飛行機を2度乗り継ぎ、30時間以上かけて到着したコロンビアのバランキージャから本拠地のシンセレホまで4時間の道のりを乗合タクシーで向かう途中のこと。地元民のストライキで橋が封鎖されており、通行止めで1時間以上の足止めを食らったのだ。

「前の日は(コロンビアの首都)ボゴタの空港で一晩を明かしていたし、もう足がパンパンだった。早くホテルで寝たかった」

 チームバスでの移動時にも、県境では必ず警察の検問を受ける。今のところパスポートチェックなどはないが、外出時は外国人は常に身分証であるパスポートを携帯しなければならないという日本とは違うルールも最初は驚きだった。

「チームの連絡事項も適当だし、ユニホームや練習着を洗濯に出しても、返ってこない時がある」。遠征の向かうチームバスやロッカーではラテン音楽好きの選手が携帯用の大きなスピーカーを持ち込み、大音量で音楽を鳴らし、時に大合唱が始まる。寝ている選手がいてもお構いなし。「バスの音楽だけは未だに慣れませんね」と苦笑いしながらも「最初はドキドキして不安はあったし、選手も体が大きくて見た目はいかついけど、日本語で話しかけてくれる選手もいるし、いい人ばかり。食事は日本と違って脂っこいものが多いので、たまに味噌汁が飲みたくなるけど、生活は楽しいですよ」と表情も明るい。

 コロンビアではここまで8試合に登板し、0勝0敗、防御率3.10。11月は先発だったが、12月からはロングリリーフや左のワンポイント役を担い、ブルペンで連日出番に備えている。

「こっちの打線は日本でいう助っ人にあたる選手が1番から9番まで並んでいる感じで、常に気が抜けない。1人の打者に対して、日本の2倍の精神力がいる。僕は球が速い訳でも変則でもないので、制球、緩急、駆け引き、メンタル面が大事だと思っています」

 持ち球は動く直球、2種類のスライダー、ツーシーム。ストライクゾーンは日本よりも広いと言われているが、審判のレベルが低く、判定を巡って両監督が球審に抗議する場面も日常茶飯事。樽見も例外なくその判定に泣かされることもある。それでも現地の野球に馴染もうと、携帯で動画を見て打者の特徴を把握したり、チームメートのフォームのいいところを盗もうと動画を撮影して研究するなど、努力も怠らない。

 対戦相手には、メジャー経験のある体の大きい強打者もいるが、物怖じせず、死球も恐れずに強気に内角を攻めている。「僕、愛媛でも去年、高知のマニー・ラミレスの顔に死球を当てているんです。あの時は試合後、謝りにいったら『いい球だった。質が良かった。ノープロブレム』ってほめてもらった。逆にいい思い出になりました」と当時を懐かしむ。

激しい競争 かつて日本でプレーした選手も

 トロスでは先発は4~5人が中4~5日で登板する。現在は14年に西武の育成だったドミニカ人で、11月の月間最優秀投手賞を受賞した左腕のポルフィリオ・ロペスをはじめ、コロンビア代表選手2人と片山という先発4人制。樽見は5番目の枠を目指し、連日ブルペンで腕を振っている。

 チーム内競争はどのポジションも激しい。現役メジャーリーガーで、今年フィリーズで正捕手の座をつかんだ地元シンセレホ出身のホルヘ・アルファロが主軸でチームの顔。コロンビア人で韓国のktウィズでもプレーしていた元ブレーブスのシュガー・レイ・マリモン投手、ベネズエラ人で元タイガースのホセ・オルテガ投手、13年にBCリーグの信濃でもプレーしたドミニカ人で元アストロズのサムエル・ヘルバシオ投手と、リリーフにも3人の元メジャー選手がいる。

 また若手にはメジャー各球団のプロスペクトの選手も多い。一方、中にはメジャー球団と契約できず、夏場もコロンビアの国内リーグでプレーしている選手もおり、試合前の練習メニューや休日の過ごし方には大きな差がある。

「メジャーを経験している選手は準備もしっかりするし、体のケアもちゃんとしていて意識が高い。休日でもジムに行っている選手もいる。逆に、意識が低い選手は練習メニューもサボってちゃんとやらない。でも下を見てはいけない。そういう選手は試合でも打たれているし、意識の高い選手を見習わないといけない」

 実際、試合で結果を出せない選手は出番が与えられなくなり、新しい選手の加入が決まればクビになる厳しい世界。助っ人である樽見も「明日は我が身」と、気を引き締め、与えられた出番で結果を残そうと必死だ。

 対戦相手のチームにも日本に馴染みのある選手がいることも刺激になっている。カイマネス・デ・バランキージャでは元ロッテでキューバ代表のロエル・サントス外野手が1番を務め、4番は元阪神のペレス。先発には13年に広島の育成だったマルティン・ガルシア投手。投手コーチも広島、DeNAでプレーしたジオ・アルバラードだ。ティグレス・デ・カルタヘナでは元楽天で、BCリーグの信濃でプレーするラファエル・ポロ内野手が主軸を担う。

「敵地のグラウンドで急に日本語で話しかけられて驚くこともあります。日本でプレーしていた選手もいるし、野球をやっていたからこういうつながりができる。嬉しいですね。でも、まさか地球の裏側にまで及ぶとは思いませんでした」と、コロンビアでの新たな出会いを喜んでいる。

独立リーグは24~25歳まで「食っていくには厳しい場所」

 将来の夢はNPBに入団すること。だが年齢的なこともあり「独立リーグでやるのは24か25歳までと決めている」という。「独立リーグは『ここでプロに行けなかったら諦められる場所』でもある。給料も高くない(月10数万円)し、食っていくには厳しい場所」日本の独立リーグはシーズン中しか給料が出ないため、今回のコロンビアはまさに出稼ぎだ。月2000ドル(約22万円)というサラリーは地元コロンビアのトップクラスの選手の倍以上で、航空券やホテル、ビジター時の食事代もチーム持ち。日本の独立リーガーにはオフの間、アルバイトなどで金を稼ぎ、それを切り崩す形で、薄給の夏のシーズンを乗り切る選手も多く、樽見は「飛行機代も全額出してもらえたし、オフの間も野球をしてお金がもらえるのは本当にありがたい」と感謝を口にする。

 高知高時代には2年春、3年春と甲子園に出場したが、ベンチ入りはならず。背番号のないファウルボーイとして甲子園の地を踏んだ。阪神が育成での獲得を検討していたこともあり、退部後にはプロ志望届を提出したが、巨人からドラフト2位で指名されたチームメート、和田恋内野手とともにプロ入りの夢を実現することはできず。四国アイランドリーグplusのトライアウトにも落ち、専門学校に通っていた時、野球に専念したい、地元四国で野球がしたいという強い思いから15年オフに再びアイランドリーグのトライアウトを受け、愛媛に入団した。

 入団1年目から制球に悩んでいた樽見を救ったのは、元オリックスの萩原淳野手コーチだった。キャッチボールでも思い通りにボールが投げられない樽見を見た萩原コーチは「ストライク入らんかったら、横からでも下からでも投げてみろや」とアドバイス。現役時代、野手から投手に転向している萩原コーチからの一言で、樽見はすがる思いでオーバースローからサイドスローへの転向を決め、制球難から脱出した。3年目の今季も前半は一時、無給となる練習生にも落とされたが、調子を取り戻し、後半は先発、リリーフの二足のわらじでチームを優勝へと導いた。

「独立リーグで3年やったからコロンビアにも来られた。今度はコロンビアでやったことをまた日本で生かしたい」

 来季も愛媛でプレーする予定だ。生存競争の激しい異国の地で、さらに一皮むけようと必死にもがく樽見。プレーオフ進出を決めたチームで再び輝きを取り戻せば、来季への足がかりも必ず見えてくるはずだ。(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)

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