北方領土交渉、絶望的に厳しいこれだけの理由

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太田清

共同通信大阪支社統括整理部長

太田清

共同通信大阪支社統括整理部長

共同通信社入社後、広島支局、大阪社会部、外信部、経済部、ベオグラード支局、モスクワ支局、ローマ支局、47NEWS編集長などを経て2019年10月より現職。イトマン事件、阪神大震災、コソボ紛争、ユーゴ空爆、モスクワ劇場占拠、アフガン紛争、ギリシャ財政危機、東日本大震災などを取材。

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ロシアのプーチン大統領(右)と安倍首相=2018年12月1日、ブエノスアイレス(共同)

 安倍政権にとって今年最大の外交案件の一つはロシアとの北方領土交渉だろう。安倍晋三首相は1月に訪ロしプーチン・ロシア大統領と会談。さらに、プーチン氏が6月の大阪での20カ国・地域(G20)首脳会合に合わせて来日する機会を捉え、領土問題での大筋合意に持ち込みたいとされるが、事はそう簡単に運びそうにもない。 (共同通信=太田清) 

 ▽世論の乖離 

 第一に交渉を巡る日ロの世論の隔たりは相も変わらず大きい。ロシアの独立系世論調査機関「レバダ・センター」が11月22~28日に行った世論調査によると、「クリール諸島(北方領土と千島列島)のうちいくつかの島を日本に引き渡す」ことを支持すると答えた回答者は17%しかなかった(「支持しない」は74%)。同様の調査は1992年から行われているが、これまで引き渡しに「賛成」するとの回答は最高で12%(92年10月)。一見、引き渡し支持が増えたようにみえるが、これは今回、設問内容を変えたことが影響した可能性が強い。 

 一方、共同通信社が12月15、16両日に実施した全国電話世論調査によると、歯舞群島、色丹島を返還させ、国後、択捉両島は継続協議するとの「2島先行返還」が53・2%で最多となる一方で、「2島だけの返還でよい」との回答は7・3%にとどまっている。ロシアで「いくつかの島を」引き渡していいという人が17%しかいないのに対し、日本では逆に「2島でいい」は7%あまりしかいない。絶望的な乖離だ。 

 ▽プーチン氏の支持率低下 

 同じレバダ・センターが10月に行った調査によると、国が直面している問題に対しプーチン大統領に「全面的に」責任があると答えた人は回答者の61%に上り、12年に同様の調査を始めて以来最高となった。プーチン氏の支持率も12月に66%(不支持33%)となり、ナショナリズムの高まりからプーチン人気が急上昇したクリミア併合より前の水準に戻ってしまった。欧米の経済制裁、主要輸出品である原油価格下落、通貨ルーブル急落などによる経済の低迷に加え、年金改革への反発が「人気急落」の大きな要因だが、こうした中、領土の割譲という、国民にとり最も不人気な決断を行うのがますます難しくなっているのは自明の理だ。 

 ▽高まるナショナリズム 

 クリミア併合やウクライナ内戦、米大統領選への介入を受けた欧米の経済制裁や国際的孤立に伴い、ロシアでナショナリズムが勢いを増している。その高まりが顕著となったのは、14年のクリミア併合だ。長らくロシア帝国の一部だったクリミアは1954年、ソ連共産党のフルシチョフ第1書記によりロシアからウクライナへの帰属替えが行われたが、これを不当と考えていたロシア国民は、プーチン大統領によるロシア併合に喝采した。 

 レバダ・センターの11月の調査によると、「ソ連崩壊を残念に思うか」との問いに66%が「はい」と答え、04年(68%)以来最高となるなど「大国主義」も復活。制裁に加え、ウクライナ、シリア内戦における対立から国民の間で反米意識が強まる中、「愛国心はロシア国民を統合する唯一のイデオロギー」と公言するプーチン大統領が、米国の同盟国である日本への領土割譲に踏み切る(踏み切れる)かどうか、はなはだ疑問だ。 

 ▽米軍の存在 

 日ロ交渉で、日本での米軍の存在が大きな障害となっている。プーチン氏のスポークスマンを務めるペスコフ大統領報道官は11月、「ゴルバチョフ(元ソ連大統領)を、ドイツと米国との間の当時の交渉を、その後NATOが少しずつ東方拡大したことを思い出そう。それは現在も続いている」と指摘した上で「日本が米国の同盟国であることも考慮しないわけにはいかない。交渉の中でこうした懸念に対する答えがなければ、交渉は前には進まない」と、日本側に米国との同盟関係や米軍の今後の展開の可能性について明確な説明を求める考えを示した。 

 プーチン氏自身も北方領土を返還した場合の米軍の展開の可能性について繰り返し懸念を表明。12月20日の恒例の大規模記者会見でも、北方領土への米軍展開を含めロシアの懸念を払拭するのが先決として「日本側の回答なしに重要な決定を行うのは難しい」と強調した。領土問題解決のため、日本はロシアのみならず、米国の間でも厳しい交渉を強いられる。

 ▽大反対の地元、強硬な側近 

 領土に関する決定を地元の同意なしに行うのは極めて困難であるのは明らかだが、北方領土を事実上、管轄しているのは極東サハリン州。同州議会は11月29日、日本との平和条約交渉において、北方領土の引き渡しについては協議対象から除外するようラブロフ外相に要望することを全会一致で決めた。平和条約交渉は行っていいが、領土引き渡しに触れることはまかり成らんというわけだ。同州では2島引き渡しに反対する署名活動が始まっているほか、州都ユジノサハリンスクでは「祖国を売ることは許さない」などと主張して集会も行われている。 

 一方、外交面でプーチン氏を補佐する側近も負けず劣らず強硬だ。平和条約交渉の新たな枠組みで、ロシア側の責任者に就いたラブロフ外相は、北方領土がロシア領となったのは第2次大戦の結果だとする主張を認めない限り、領土交渉に前進はないと繰り返し強調。ロシア極東開発を統括するトルトネフ副首相は「島の引き渡しについて一度も議論されていない。協議しているのは、共同経済活動についてだ」と、これまでの協議経過を無視するかのような発言をした。また、日ロ双方で調整が進められている(はずの)北方領土での共同経済活動についても、ウシャコフ大統領補佐官はロシアの法律の下で行われることで双方が合意したと一方的に強弁した。 

 4島一括での返還はもとより、2島先行返還も厳しい状況だが、巷間言われている「2島プラスアルファ」方式はどうか。歯舞・色丹は日本に返還、国後・択捉はロシアの主権下にあることを認める代わりに、両島での日本企業の経済活動や日本人の自由な往来など「プラスアルファ」を求めるというが、ここまで譲歩すれば、今度は日本国民が納得しないだろう。

 「2島プラスアルファ」というのは言葉のマジックなようなもので、「国後・択捉」を未来永劫失う見返りに、ささやかなプレゼントをロシアからいただくという意味で、実態は「2島放棄プラスアルファ」にほかならないからだ。さらに、返還に伴い、色丹島に住む3000人近いロシア人住民の移住費用などを求められることがあれば、とても受け入れられる話ではない。