【特集】東京五輪、成るか悲願のケイリン金

日本の意地かける脇本、新田

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 2020年東京五輪の自転車・ケイリンでの金メダル獲得は、日本の悲願だ。00年シドニー五輪から採用された日本発祥の種目だが、これまでメダルは銅1枚。地元五輪での「金」には、本家の意地と面目がかかる。プロの競輪選手として、その戦いに挑む脇本雄太(福井)=29=と新田祐大(福島)=32=が出場した国内最高峰「KEIRINグランプリ2018」(12月30日)をのぞいた。

脇本雄太(右)と新田祐大=2018年12月30日、静岡市・静岡競輪場

 ▽反省

 2万人以上の観客を集めた静岡競輪場(静岡市)。1周400メートルのトラック、残り1周半で、スパートをかけ飛び出した脇本は、最後の直線で伸びきれず5着。一方、新田は混戦の外側からまくり上げたが、トップには届かず3着だった。

 脇本は「ゴールまで持たなかった。あと30メートルを乗り切れるようになれればいいのだけど」と唇をかんだ。今年は競技の練習を重視し、競輪出場は約4カ月ぶりだった新田は「久しぶりで、競輪になってなかったかな」と反省の弁を口にした。

新田祐大

 ▽線と点

 期待を集めながら結果が出ない。それは、日本競輪界の五輪ケイリン挑戦史でもある。理由の一つとされるのが、一見同じに見える「競輪」と「ケイリン」の違いだ。

 競輪では、出身地の近い選手同士で「ライン(線)」を組んで走る。前の選手は風よけの役を果たし、後ろの選手はルールの範囲内で他選手をブロックし援護。そこに、戦略性や予想の妙味が生まれる。

 ところが、ケイリンは個人がばらばらの「点」となり争う。脇本は「みんなが一人一人、別々に動いてくる。一瞬の判断ミスで、たちまち立ち遅れ、取り返しがつかなくなる」と語る。

 さらに競輪のトラックは1周400メートルが主流だが、ケイリンなど国際競技は一般的に250メートル。出走人数や自転車の材質などにも違いがある。それらを言い訳にはできないが、競輪選手はレースによって気持ちや走り方の「切り替え」を強いられている。

脇本雄太

 ▽初心者

 ケイリンなど国際競技の実力を高めていくためにどうするか。その答えとして、日本は16年リオデジャネイロ五輪後にフランス人コーチ、ブノワ・ベトゥ氏(45)を招へいした。

 「日本にはチームとしての形も、組織だった練習体系もなかった。選手は競輪のキャリアはあったが、国際競技ではまるで初心者」。就任当初を振り返るベトゥ氏の口調は厳しい。現在ナショナルチームは通年合宿制で、メンバーのほとんどは静岡県伊豆市の練習施設の近くに住む。「全員が集まり、長期的な計画に基づき、毎日の練習を管理する。これは欠かせない条件」との同氏の指導哲学に基づいたものだ。

 選手たちもベトゥ氏の厳しい要求に応じている。脇本が「気持ち的には『競技10、競輪0』の割合。決して後悔はしたくないと思って打ち込んでいる」と言えば、新田は「あと1年半、東京五輪に向け仕上げていく」。2人とも心は五輪モードになっている。

ブノワ・ベトゥ氏

 ▽不確実性

 ベトゥ体制になり、脇本がワールドカップ(W杯)で2勝するなど成果は出ている。悲願達成の期待は高まる。元競輪のスター選手で、日本自転車競技連盟の選手強化委員長を務める中野浩一氏(63)は「ある程度の力があれば誰が勝ってもおかしくないからこそ、競輪はギャンブルとして成り立つ」と競技の特性を指摘し「その意味で、メダルの可能性は非常に大きく、『金』となると非常に難しい」と表現した。

 不確実性が支配する頂点の戦い。そこを制するために必要なものは何か。答えはベトゥ氏、中野氏、脇本、新田とも同じだった。「最後は気持ち」。

 かつて世界選手権のプロ・スプリント(1対1で対戦する種目)で10連覇の偉業を達成した中野氏は「俺は常に『勝てる』と思って走っていた。負けることは想定していなかった。それくらいのふてぶてしさが必要」と話した。(共同通信=松村圭)

中野浩一氏