【肘と野球】小学生から球数制限を――肘の専門家と考える高校球児の怪我のルーツ

慶友整形外科病院・古島弘三医師【写真:佐藤直子】

「球数制限」はすべきか否か…甲子園ではタイブレークを導入

 年に2度、春と夏の甲子園が始まると、決まってホットな話題となるのが「球数制限」の是非だ。トーナメント方式の短期決戦の場合、絶対的エースがいるチームや、投手の数が少ないチームは、勝ち続ければ勝ち続けるほど、1人の投手にかかる負担が増える。2日間で2戦連投、合計400球近くを投げたという話は珍しくない。野球を生業とするプロ選手であっても、そんなに肩肘を酷使することはない。当然、球数制限は設けるべきだ。だが、少ない部員数しかいないチームにとっては、投手を何人も用意できない事情もある。

 国際大会に目を向けてみると、高校球児世代のU-18ワールドカップはもちろん、U-15、U-12といった若い世代、さらにはトップチームが戦うWBCや強化試合でも球数制限は設けられている。ちなみに、先に行われた2018日米野球では、1投手が1試合で投げられる球数は80球で、50球以上を投げた場合は中4日、30球以上、または2日連続投げた場合は中1日を空けなければならない、という規定になっていた。

 以前に比べ、高校野球の球数制限導入に賛成する声が増えている。今年から春夏ともに延長13回からタイブレーク制が導入された流れを考えれば、球数制限が導入される日も遠くはないだろう。本来、高校野球は終着点ではなく、育成過程の1段階。「今、勝つこと」以上に「将来大きく羽ばたくこと」が注目されるようになったことは、いい傾向と言えるだろう。

 だが、高校野球で球数制限を導入すれば、高校球児を野球人生を左右するような故障から守ることができるのだろうか。もちろん、死球や接触プレーによる骨折など突発性の故障は付きものだが、投手の肩や肘に関する怪我の多くは、幼少期の故障歴や疲労に端を発すると見られ、小中学生の段階で正しい練習やトレーニング、怪我の対処を行っていれば防げていた可能性は高い。

古島医師が見守ってきた夢を諦めた子供たち

 群馬県館林市にある慶友整形外科病院には、小学生からプロまで数多くの野球選手が診療に訪れる。名誉院長を務める伊藤恵康医師は、日本屈指のトミー・ジョン手術(肘靱帯修復手術)の執刀医。その一番弟子で整形外科部長を務める古島弘三医師は、これまで故障が原因でプロ野球選手になりたいという夢を諦め、涙を流す子供たちを数多く目にしてきた。

「あまり知られていないことかもしれませんが、高校生になって発症する肩肘の故障は、根本をたどると小学生や中学生で負った怪我が治りきっていなかったり、過度にかかった負荷が原因だったりすることがあります。つまり、小学生や中学生の時に、適切な指導の下で正しいトレーニングや怪我の対処が行われていれば、防げた怪我もある。

 今、高校生で球数制限を導入しようという動きがありますが、本来ならば小中学生のうちから球数制限を設けるべきでしょう。そして、球数制限をなぜ取り入れるべきなのか。『子供の怪我を防ぐため』『将来大きな選手に羽ばたくため』といった漠然として理由は分かっていても、子供の体に過度な負荷がかかるのはなぜ良くないのか、症状を放っておけばどのような怪我や障害につながるのか、具体的な理由が分かっていない人は多いと思います」

 小中学生の体はまだ成長段階にあり、一般に大人の骨としてできあがるのは15歳前後だという。成長を続ける未熟な骨や筋肉に過度の負荷をかけ、十分な休息を与えなければ、怪我を引き起こすだけではなく、時には成長の妨げとなることは容易に想像できるはずだ。

小中学生でのレギュラー獲り、将来の成長、どちらが大事?

 プロ野球選手やメジャーリーガーの中で、小中学生で全国大会に出た経験がない選手は何人いるだろう。高校時代に甲子園に出場したことがない選手が何人いるだろう。大半の選手はどちらの経験も持っていない。肘を痛めた小学生が2か月休めば完治したのに、今レギュラーになりたいがために投げ続け、結果的に「プロ野球選手になる」という夢を諦めなければならない大きな怪我を引き起こしたら、本末転倒だ。無理をしても復帰を逸る子供を諭すこと、子供が痛みを我慢しない環境を作ることなどは、大人が果たすべき役割だ。

 そのためにも大切になるのが、指導者や保護者が子供たちの体や成長について基本的な知識を持つことだ。古島医師を中心とした呼びかけで、群馬県スポーツ少年団の軟式野球指導者にライセンス制度を導入している。ライセンス取得のための必須講習の1つには、肩肘の故障や子供の成長に関する講義も含まれている。

 Full-Countでは、古島医師を講師に迎え、子供の成長の特性、代表的な肘の怪我の解説、適切なトレーニングや指導方法などについて連載シリーズでお届けする。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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