【平成の長崎】釜山・射撃場火災 早く連れて帰りたい

平成21(2009)年

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 韓国釜山市の射撃場火災の被害者9人のうち、5人の家族は16日も、大学病院に安置されている遺体のもとを訪ねた。警察の司法解剖要請を苦渋の思いで受け入れ、夜は火災現場に花を手向けた。また、遺体で見つかったとされていた中尾和信さん(37)が同市内の病院で生存が確認されたのを受け、家族は入院中の病院へ急きょ駆けつけた。
 「一日も早く(遺体を)連れて帰りたい」。家族はそう熱望していたが、警察から解剖への同意を求められた。遺体の傷みが激しく、死因の特定や、DNA鑑定に必要な組織を体内から採取するためだった。家族は拒んだが、警察の説得に応じ、やむなく同意した。
 急な韓国渡航にもかかわらず、異国の地で足止めされ続ける家族。表情には疲れの色が濃くなっている。警察の説明は深夜まで続き、家族は「(時間がかかることに)納得いかない」といら立ちを見せた。だが、警察から情報収集している日本大使館幹部は「解剖や鑑定の結果が判明するまで、あとどれくらい時間がかかるか分からない」と言い、帰国のめどは立っていない。
 火災現場のそばには、地元商店主らが献花台を設け、果物や飲料水などが供えられていた。家族はそこに白菊を手向け、手を合わせた。
 現場近くに駐車していた車の中にあった衣類や手荷物が家族に引き渡された。
 一方、中尾和信さんの生存が確認されたとの一報を聞き、宿泊先のホテルから出てきた兄義明さんと弟博文さんは、報道陣の質問には答えず、うつむいたまま足早に迎えのバスに乗り込んだ。
 病院で医師らの説明を聞いたが、和信さんの容体が思わしくなく、複雑な表情。日韓の報道陣や警察でごった返す病院から、逃れるように立ち去った。
(平成21年11月17日付長崎新聞より)
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【平成の長崎】は長崎県内の平成30年間を写真で振り返る特別企画です。

火災現場の献花台に花を手向け、手を合わせる被害者の家族=釜山市