【肘と野球】成長期の練習過多は百害あって一利なし 体の防御反応“痛み”を見逃すな

慶友整形外科病院・古島弘三医師【写真:佐藤直子】

米国ではMLB機構らがガイドライン「ピッチ・スマート」を制定

 高校野球における球数制限導入の声が高まる中、それよりも若い中学生や小学生でも各所で球数制限を取り入れる動きが広がっている。ボーイズ、リトルシニア、ヤング、ポニーなど主要な少年硬式野球団体で構成する日本中学硬式野球協議会では、2015年に投球制限に関する統一ガイドラインを制定。全日本軟式野球連盟でも2012年に投球制限を採用しているが、いずれも試合中の投球に関しては「投球回」の制限で、「投球数」が制限されているのは練習での全力投球となっている。

 アメリカ合衆国では、MLB機構とUSA Baseball(米国野球連盟)が「ピッチ・スマート」と呼ばれる7歳から22歳までのアマチュア野球における投球数ガイドラインを作成。怪我防止の目的で作られた「ピッチ・スマート」には、1日の投球数、投球数によって必要な次回登板までの休養日数などが記されており、全米27団体で採用されるなど、幼年期から肩肘に負担をかけないための努力がなされている。

 では、なぜ幼少期から投球数を制限しなければならないのか。群馬県館林市にある慶友整形外科病院で、小学生からプロまで数多くの野球選手を診察する古島弘三医師は「高校で投球数を制限して怪我の予防をすることも大事ですが、その前から取りかからないといけない。体が未熟で故障しやすい小学生時の怪我は、ちゃんと治療しないと中学や高校で再発する可能性を秘めています」と話す。そのためにも「なぜ子供の体に負荷をかけ過ぎてはいけないのか、その根拠を知っておくべきだと思います」と続けた。

骨も投球フォームも未熟な子供に大人と同じ練習負荷は危険

「子供の身長が伸びるに伴って、骨、筋肉、そして骨と筋肉をつなぐ靱帯も伸びます。伸びる骨に引っ張られる形で靱帯や筋肉が伸びるので、成長期の靱帯は常に引っ張られ、緊張した状態にあると考えられます。そこに、さらに投球など野球の練習という外的要因で強い負荷がかかると、靱帯がついている部分の骨が剥がれやすくなる。負荷に耐えられず、剥がれてしまうと裂離骨折(剥離骨折)が起こります」

 小学6年生ともなれば、身長が月に1センチ、年間では5~10センチ伸びる。人間の体には修復能力は宿っているが、常に引っ張られた状態にある靱帯や筋肉に過剰な負荷がかかれば、痛みを伴う怪我となる。

「子供が訴える“痛み”を見逃さないようにして下さい。痛みは、体に対する負荷が度を超えているサイン。“その状態から逃げろ、やめろ”という危険信号で、体の防御反応なんですね。また、痛みを感じる一歩手前の状態が疲労ですから、疲労が溜まると怪我につながります」

 大前提として忘れてはならないのは、子供の体はまだ未熟だということ。古島医師は「子供はまだ骨も投球フォームも未熟。勝つことにこだわり過ぎて、体格差がある大人と同じ練習負荷を求めると、成長期の障害はどうしても起こりやすくなってしまいます」と警鐘を鳴らす。

肘の成長戦の年齢での違い【写真提供:慶友整形外科病院】

大人と同じ硬い骨になるのは、日本人は15歳前後

 発育期の骨には、その端に成長をつかさどる軟骨層がある。X線写真ではこの部分が線状の細い隙間として見えるため「骨端線(成長線)」と呼ばれている。日本人の場合、大体15歳以降になると骨端線が消え、大人と同じ強度の骨となる。つまり、少なくとも高校生になるまで、骨はまだ成長過程にある未熟なものと言える。

 この段階で、投球などによって繰り返されるストレスや練習過多で起こる代表的な肘の障害が、離断性骨軟骨炎(OCD)と呼ばれるものだ。いわゆる「野球肘」の1つで、痛みとともに肘の骨が変形したり可動域が狭くなったりする症状が現れる。適切な治療が行われなければ、最悪の場合は野球ができなくなることも。野球から離れた後も、肘の曲げ伸ばしができずに日常生活に支障をきたす場合もある。

 今、勝つこと。今、レギュラーになること。今、速い球を投げること。子供たちに「今」結果を求めるがために、将来の野球人生ばかりか、日常生活にも悪影響を生み出すことは、大人にとっても本意ではないはずだ。「プロ野球選手になりたい」「メジャーリーガーになりたい」と願う子供たちが、1人でも多く夢を叶えられるようサポートするために、指導者や保護者といった大人たちは、まず子供たちの成長や体について理解を深める必要がありそうだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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