車の“主流”30年で逆転 MT→AT 所有→シェア

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今や数少ないマニュアル車。取扱店も少なく、井上泰博さんは埼玉から取り寄せた=神戸市兵庫区(魚眼レンズ使用、撮影・大森 武)

 平成時代も残すところ4カ月。戦争や高度成長を経験した昭和に比べ、期間は30年と半分だが、相次ぐ技術革新や価値観の多様化で暮らしは確かに変わった。かつては“主流”だったのに、いつの間にか“傍流”に追いやられたモノや事象もある。そんな平成の「逆転史」を通し、30年を振り返ってみたい。

 クラッチペダルを踏み込み、慣れた手つきでシフトレバーを操作する。1速、2速、3速…。滑らかにギアをチェンジすると、徐々にスピードが上がった。

 「最大の魅力は車との一体感。運転している実感が持てますよね」

 兵庫県自動車学校明石校(明石市荷山町)で指導員として働く井上泰博さん(37)=神戸市兵庫区=の愛車は、今ではすっかり珍しくなったマニュアル(MT)車のフォレスター。この仕事に就いた14年前から、プライベートでもMT車一筋だ。

 悩みの種は「選べる車種が限られること」。フォレスターを買ったのは昨年11月。本当は意中の車が他にもあったが、希望するスポーツタイプの多目的車(SUV)でMT車を探すと、好みはこれしか見つからなかった。

 同校では近年、受講生の8割近くがオートマチック(AT)限定免許を選ぶ。

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 AT限定の制度が始まったのは1991(平成3)年。警察庁によると、取得者の割合は一貫して増え続け、2010年に初めてMT免許を上回った。

 変わったのはそれだけではない。バブル全盛期の88~90年、高級車クラウンが新車販売台数で3位に入った。車がモテる条件だった時代。若者は「いつかはクラウン」と憧れた。当時は「所有」が当たり前。それが一変、「共有」というスタイルが浸透しつつある。

 昨年12月24日、平成最後のクリスマス。神戸ハーバーランドに暮らす会社員(36)は、家族4人で淡路島へ出掛けた。乗り込んだのは、自宅マンションから歩いてすぐの駐車場にある「カーシェア」の車。8年前にチラシで知り、常連になった。

 会社員は出張が多く、平日は家を空けることも多い。妻(36)は免許を持っていない。大学時代にMT免許を取ろうとしたが「不器用なせいか、挫折しました…」。そんな2人に、シェアという選択肢はピタリとはまった。

 徒歩圏内にシェア拠点となる駐車場が5カ所以上あり、予約はスマートフォン一つ。月に6回ほど利用し、支払いは保険料込みで1万4千~1万5千円。ガソリン代は不要だ。ちなみに、マンションで駐車場を借りると月3万円もかかる。

 「今は車を買うつもりはないですね」と会社員。節約したお金で、ゴルフと家族旅行を楽しむ。

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 車の「共有」は活用の道が広い。例えばマンションの住民同士だったり、ホテルの宿泊客同士だったり。豊岡市の場合は、公用車をシェアする。JR豊岡駅前や庁舎駐車場など市内3カ所のシェア拠点で業界大手が運用する6台中2台を、市職員が平日の業務に使う。

 実は市の委託を受けた社会実験で、観光やビジネス利用の可能性を探るのが主な目的。担当する市大交流課の水谷和馬さん(33)は「実際の公用車にはほとんどないカーナビもあり、本当に便利」。うまく使えば、公用車のコスト削減にもつながると期待する。

 さて、自動車学校の指導員、井上さん。MT車の長所を「運転次第で燃費が向上する」などと力説するが、やはり限界も感じているらしい。「MT車を買うのはこれが最後かな」

 次の時代は、自動運転や空飛ぶ車の実用化が射程に入る。それらをシェアする日も、さほど遠くはないのかもしれない。(田中陽一)