成長期の怪我を軽んじてはいけない理由、再発すると…
トミー・ジョン手術、という名前を聞いたことはあるだろうか。損傷した肘の内側側副靱帯を修復する手術で、中日の松坂大輔投手、カブスのダルビッシュ有投手、最近ではエンゼルスの大谷翔平投手が受けたことでも知られる。復帰まで通常1年以上を要すると言われるこの手術はプロ選手特有のものに思えるかもしれないが、実は高校生や大学生が受けるケースも多い。
高校や大学、あるいは大人になって発症する怪我の理由はさまざまだ。だが、その原因をたどっていくと、小学生や中学生の成長期に負った怪我や故障に端を発する例も少なくない。痛みを感じた時に適切な治療が施されず、我慢しながら練習を続けるうちに何となく痛みが治まった部分で怪我が再発、あるいは新たな故障が生じることが多いという。つまり、将来を考えても、成長期に感じる痛みや怪我を軽んじてはならないし、痛みを感じるほど負荷の高い練習は避けた方がいい。
適切な練習メニューを考えるためにも、指導者や保護者は子供たちの体について理解を深めておいた方がいいだろう。群馬県館林市にある慶友整形外科病院で、小学生からプロまで数多くの野球選手を診察する古島弘三医師は「成長期の子供は年齢差よりも、体格差に注目した方がいいでしょう」と話す。
過度の負荷がかかると軟骨が硬くなり成長がストップ
「成長期の子供は、骨の年齢と実際の年齢に大体±2歳ほどの差があります。成長の早い子と遅い子がいるので、例えば小学6年生の場合、小学4年生くらい体の小さな子がいれば、中学2年生くらい大きな子もいる。また、4月生まれの子と3月生まれの子では、同じ学年でも体格差が生まれてしまいます。
そう考えた場合、学年や年齢を基準にすると、いい選手・悪い選手という判断が、技術差ではなく体格差から生じている可能性がある。体の大きさに注目して練習の負荷を変えるのも1つの方法ですね。体の負担に配慮することが大事です」
発育期の骨の端には「骨端線(成長線)」という成長をつかさどる線状の軟骨層がある。軟骨が普通の骨に成長すると骨端線は消えるが、この状態を「骨端線閉鎖」という。骨端線が存在する限り、骨が伸びる可能性はあるわけだが、強いストレス=負荷がかかりすぎると骨端線が早く閉じる傾向にあるという。
「左右の肘の骨を比べた場合、ボールを投げている腕の方が先に骨端線が閉じる傾向にあるんです。骨端線に過度の負荷がかかると、早く軟骨から硬い骨に変わってしまうんですね。つまり、それ以上が骨が伸びなくなる。左右の腕の長さが大幅に変わることはありませんが、過度の練習は腕や脚、あるいは身長が伸びる成長の可能性を奪うことになりかねません」
疲れすぎは成長ホルモンの分泌を妨害
もちろん、練習することが悪いわけではない。避けるべきは、過度の練習だ。「ヘトヘトに疲れるまで練習させることをよしと考える指導者は多いですが、適度な疲れを感じる程度の短時間で効率のいい練習で十分」と古島医師は話す。
「まず子供の集中力は、そこまで長く持ちません。集中力を欠く中で練習を続ければ、大きな怪我を引き起こす原因にもなります。勉強や仕事と同じで、野球の練習も短時間で効率よく進めればいい。毎日10時間勉強すれば、それだけで東大に入れるわけではない。毎日10時間練習したら、それだけでプロ野球選手になれるわけでもありません。
ヘトヘトに疲れてしまうと成長ホルモンが出にくくなるという研究もあります。成長ホルモンは体の成長だけではなく、情緒を安定させたり、怪我を治したり、集中力を高めたり、風邪を引きにくくしたり、いろいろな作用を持つ万能なホルモンです。人間なら誰しも持つホルモンですが、未熟な体から大人の体に移行する成長期に一番出る。ですが、体が疲れ過ぎて眠りが浅くなったり、罵声や怒声を浴びて心的ストレスを感じたりすると、成長ホルモンの分泌が妨げられてしまうんですね」
体の成長を第一に考えた場合、小学生や中学生では、無駄に長い詰め込み型の練習を強いるのではなく、疲れを溜めない適度な運動量が得られる練習環境を整えることが、指導者や保護者に求められることなのかもしれない。(佐藤直子 / Naoko Sato)