短距離の東海から駅伝の東海へ 箱根連覇を見据える黄金世代

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第95回箱根駅伝復路は2019年1月3日、神奈川・箱根町スタート、東京・千代田区大手町ゴールの5区間109.6キロで行われ、往路2位の東海大が往路優勝の東洋大を8区で逆転し、悲願の初優勝を飾った。東海大は1973年の第49回大会に初出場以来、初の総合優勝となった。

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東海大陸上競技部は1960年に同好会として発足した。同競技部は短距離、中長距離、投擲、跳躍などの各ブロックに分かれ、それぞれが全国レベルで活躍している。箱根駅伝には1973年に初出場して以来、今年で46回目の出場となり、箱根の常連校として定着している。

短距離では数々のオリンピアンを輩出

近年、箱根駅伝をはじめとし、中長距離の選手の全国レベルの活躍が見られるようになってきたが、東海大の陸上競技部は短距離の名門として数々のオリンピック代表選手を輩出してきた。男子400メートルでは、1982年に高野進氏が日本記録を樹立して以来、13度にわたって自身の日本記録を更新するなど、常に日本のトップを牽引してきた。

高野氏以降も日本を代表する短距離選手が東海大から世界へ羽ばたいた。1998年の日本選手権では、伊東浩司氏が男子100メートルで日本歴代トップタイとなる10秒08をマーク。同年のバンコクアジア大会で伊東氏は、当時のアジア、日本記録となる10秒00を記録した。また、2003年の世界選手権男子200メートルでは末續慎吾氏が銅メダルを獲得し、短距離の東海大をより一層強く印象付けた。

東海大が駅伝で台頭してきたのは、2000年代初頭のこと。大学三大駅伝のひとつである全日本大学駅伝で2003年に初優勝を果たし、2005年には出雲全日本大学選抜駅伝を初制覇。出雲は2005年から3連覇を達成するなど、大学駅伝の強豪校の仲間入りを果たした。

大学三大駅伝の2大会で優勝したが、残りひとつの箱根では厳しい戦いが続いた。2004年には過去最高の総合2位に入り、翌2005年には往路優勝(総合6位)。順調に歩を進めていたが、2013年に出場権を逃し、連続出場が「40」で途切れた。2014年以降は総合5位が最高だった。

今大会出場10人中8人が来年も箱根路を

悲願成就のカギは3年生が握っていた。全国トップのスピードスターが集う3年生は、東海大史上最強の「黄金世代」と称される。その「黄金世代」の中心にいるのが館澤亨次、關颯人、鬼塚翔太、阪口竜平の4人だ。

館澤は日本選手権男子1500メートルで2連覇中のスピードランナーで、阪口は日本選手権男子3000メートルSCで4位入賞の実力者。館澤は4区で、阪口は7区でそれぞれ2位のタイムをマークしチームに貢献した。1区の鬼塚は区間6位ながらもトップとはわずか8秒差でタスキをつないだ。

中心選手のひとりである關が今大会ではエントリーされず補欠にまわったが、この穴を埋めたのが同じく3年生の小松陽平だ。初の箱根となる小松は8区を任され、区間新の快走で東洋大を逆転。「黄金世代」のひとり、小松がチーム唯一の区間賞を獲得して初Vの立役者となった。

今大会、東海大の4年生は2人だけで、今回出場した8人が来年も残る。特筆すべきは、8人中7人が「黄金世代」の3年生であること。これに今回出場出来なかった關を含めると、9人もの選手が来年、主力選手として再び箱根に戻ってくる。

東海大の両角速監督(52)は「10人の選手が自分のやってきたことに自信を持ってきちんとできた。これに尽きる。先のことは考えられないが、まだまだ努力しなければならないところがたくさんある。そういうところをきちんと頑張りながら、また作り直していけたらと思います」と初優勝を噛みしめながら、しっかりと次を見据えた。

王者・青学の5連覇を阻止し、新春の箱根路に旋風を巻き起こした東海大。「黄金世代」の伝説が幕を開けた。