甲子園で裁いた初外国人審判、スジーワ氏が魅せられた日本野球の“バント”精神

スリランカ出身の審判員、スジーワ・ウィジャヤナーヤカ氏【写真:豊川遼】

夢が叶った2015年、大切なのは「やるか、やらないか」

 2020年に迎える東京五輪では、12年ぶりに野球が復活する。試合を行うためには監督や選手だけではなく審判の存在も必要不可欠。野球の国際大会ともなれば、審判の顔ぶれも多国籍となる。

 そんな中、日本を拠点に奮闘する外国人審判員がいる。スリランカ出身の審判員、スジーワ・ウィジャヤナーヤカ氏は、2015年春のセンバツ高校野球1回戦、仙台育英-神村学園で二塁塁審を務め、春夏の甲子園を通じて初の外国人審判員となった。自身も母国で投手としてプレーした経験を持つスジーワ氏は、現在は日本を中心に活動しながら、国際審判員として国際大会のジャッジも行う。

 2015年に福岡県高校野球連盟の推薦があり、甲子園の舞台に立った。「聖地」で務める初めての審判でも堂々とジャッジを行い、円滑な試合進行のために尽力した。あれから3年。今でもこの経験は本人にとって大きな力となっている。

「当時、福岡の高野連から全157人の審判のうち1人しか甲子園に派遣されなかったのですが、先輩審判員の方々が『(日頃から頑張っている)スジーワなら』と推薦してくれました。とても嬉しかったし、感謝の気持ちしかなかったです。国、言葉関係なく頑張ってくれる人を生かしてくれるんです」

 スジーワ氏が甲子園に憧れを抱いたのは、立命館アジア太平洋大に在学していた2010年、春のセンバツを甲子園で生観戦した時だったという。実際に試合を見て感動したスジーワ氏は日本での審判員を志した。そこから高校や大学、社会人と年代関係なく、さまざまな試合の審判を務め、経験を積んできた。

「頑張れば(誰でも)甲子園に行ける可能性はあります。大切なのは『できるか、できないか』ではなく、『やるか、やらないか』だと思います」

 実際に経験したスジーワ氏の言葉には力強さがこもる。同時に、野球選手や審判だけではなく、人生の分岐点に立っている人々全員へのエールのようにも聞こえる。

 国際大会でも幅広く活躍するスジーワ氏の姿は、特にアジア地域で行われる大会では高確率で見ることができる。これまで台湾でのアジア選手権やインドネシアでのアジア大会、そして香港でのインターナショナルベースボールオープンなどに参加するなど世界を飛び回っている。

日本で学んだリスペクトや感謝の気持ち「審判にもバントがある」

 取材時は香港での国際試合で審判を務めていた。グラウンドで行われている試合を真剣なまなざしで見つめながら、審判の役割について教えてくれた。

「審判には選手や見ている人に、起こった出来事をお知らせする役割があります。だから、分かりやすいように声やジェスチャーは必ず大きくします。例えば打者が三振した際に打者を指して「He’s out」(彼がアウト)とお知らせします。もちろん「You’re out」(あなたがアウト)でも意味は通じますが、見ている人にとってはグラウンド内の誰がアウトになったのか一目瞭然ですからね」

 審判は、試合中は1球たりともボールの行方を見逃すことはない。もし1回でも怠ってしまえば、試合が止まると同時に周囲からの信頼を失いかねない。試合全体を通じて大きく目立つことはないが、常に重要な責任を感じながら、自らの進退をかける思いでジャッジに励む。

 野球は近年データの活用が進み、勝利のために高度な取り組みを行うため複雑化している印象もあるが、スジーワ氏は『試合の見方』について次のように話した。

「野球の試合を簡単に表すなら、グラウンドにいる人たちが1つのボールで遊んでいる状態です。審判は1試合4人、そして2チームの監督や選手たちが集まっています。特に国際大会では言葉や文化も違う国の人たちが一緒に遊んでいます。たとえ違うところはあっても『野球』で繋がることができるし、お互いをリスペクトできます。勝利も大事なのですが、その前に相手をリスペクトすることが人間として必要なことだと思います」

 スリランカから日本にやってきて10年以上が経過した。野球はもちろん、日々の生活の中でも日本の文化や考え方に触れながら、常に自己成長をしてきた。本人が発する言葉からは、成長したい貪欲さと周囲の人々への感謝の両方が溢れ出ている。

「野球の試合は選手と審判、どちらが欠けても試合はできません。だからお互いをリスペクトします。僕が日本を好きな理由の1つは、このリスペクトや感謝の気持ちにあります。甲子園に行った時、多くの先輩審判員の方々が僕を推薦してくれたように、自分を犠牲にしても相手のことを考える。プレーヤーにバントがありますが、審判にもバントがあります。これが大和魂だと思います」

 他者の気持ちを考えながら、常にリスペクトと感謝を忘れずに――。“大和魂”を大切にするスジーワ氏は成長を止めることはなく、今後も野球を通じて世界の架け橋として精力的に活動していく。(豊川遼 / Ryo Toyokawa)

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