【F1座談会企画(5)次期日本人F1ドライバー編】世界で苦労する日本人ドライバー。メーカーの垣根を越えたチャンスを

 2018年は、F1を目指す日本人の若手ドライバーの名前が国内外を問わず、多方から聞こえたシーズンでした。残念ながら2019年の開幕戦のグリッドに日本人の名前が並ぶ可能性はなくなってしまいましたが、多くの人が次の日本人F1ドライバーの誕生を待ち望んでいるというのは事実。

 シーズンオフ企画の座談会もこれが最終回となりますが、最後は、オートスポーツwebでお馴染みのF1ジャーナリストの柴田久仁夫氏と、F1を16年に渡って全戦取材し続ける尾張正博氏が次世代の日本人F1ドライバーについて舌鋒を交わしました。これを読んだあなたは、日本人ドライバーやメーカーに対して、これまでとは違う視点が持てるのではないだろうか。

■福住、牧野、松下……F1を目指す3人の明暗を分けたホンダ内での争い

──(MC:オートスポーツweb)2019年も引き続きホンダのパワーユニットを使用するトロロッソですが、ドライバーラインアップが大きく変わります。ダニール・クビアトとアレクサンダー・アルボン(2018年FIA F2でランキング2位)という、一度はレッドブルを放出されたふたりのタッグになりますが、果たして今年以上の成績を残せるでしょうか。

柴田久仁夫氏(以下、柴田)「ドライバーとしてのパフォーマンスはふたりとも良いと思う。2018年(ピエール・ガスリー/ブレンドン・ハートレー)よりレベルが揃っているのではないでしょうか。アルボンはランド・ノリス(2019年にマクラーレンからデビュー)より速いと思いますね」

尾張正博氏(以下、尾張)「僕は、メルセデスに続いて第2のシーズン途中のドライバー交代がトロロッソにあると思う。もしガスリーがレッドブルでダメだったら、いくらでも代わりがいるということ。クビアトのパフォーマンスは問題ないんじゃない? 安全策だと思う」

──トロロッソのどちらかのシートを日本人が獲得することになれば……とも期待してしまうのですが。

柴田「2019年はないけれど、もし松下信治(2019年にF2に復帰)がスーパーライセンスを取得できれば、2020年の可能性は高まるよね」

──ところで、2018年は牧野任祐(ロシアンタイム)と福住仁嶺(BWTアーデン)のふたりがF2に参戦していました。改めて、彼らについての感想をお聞かせください。

柴田「福住に関してはチームが全然ダメだったというのもあるけれど、ダメなチームでそれなりの戦い方ができたとは思う……でも、メンタル面が厳しかったね」

尾張「ある人から聞いたんだけど、福住はチームの担当エンジニアから、フォーミュラカーのドライビングの基礎技術が書かれたミハエル・クルムの本を読むように勧められたんだってね」

柴田「福住本人が憮然としながら言ってきて、あれは衝撃だったなあ」

──それは、フォーミュラカーの基本的な走らせ方を理解していないという言葉の裏返しということですか? ドライバーとしては悔しいですね。福住はホンダの育成プログラムに沿ってステップアップして、その成果が認められて海外にチャレンジしているわけなのに。

尾張「担当エンジニアの意図は不明だけど、福住が『バカにされた』と思うのは当然だよね。そんなことされたら、いい人間関係なんて築けない」

柴田「牧野に関しては、客観的な分析がものすごくハイレベル。特にレースを振り返ってもらうと、その理論的なコメント内容に目から鱗が落ちまくり! ホンダの関係者も感心して聞いている。でもドライバーとして運転面での評価になると、典型的な日本人ドライバーの印象ですね。残念ながら競り合いに弱い」

表彰台中央に立つ牧野任祐

──その福住と牧野は、2019年は日本でレースをするという報道もありましたが、一方で松下がもう一度ヨーロッパへ挑戦します。彼らの違いはどういうところにあったのでしょうか。

柴田「松下と福住&牧野の明暗を分けたのは、ふたりがあくまでホンダの枠内で成績を出せばいいと思っていたこと。正直、2017年の段階で松下は終わったなと思っていたけれど、あそこまで復活したことには驚いたし、個人的には嬉しかった。初めてフランスに来た時から知っていたからね」

──彼らは第3戦バルセロナのレース2で接触し、ハロの有効性について大きな話題になりましたが、この一件で彼らの関係性に変化はありましたか?

柴田「あからさまに仲が悪くなったということはない。ただ我々から見れば、彼らのライバル関係はものすごく小さなもので、『井の中の蛙の戦い』という感じ。あくまでホンダの枠内での、という。でもそれじゃダメ」

尾張「マックス・フェルスタッペンはブラジルGPでエステバン・オコンと接触して、F1の勝利という大きなものを失った。もちろん荒れてはいたけれど、でもケロっとしているもんだよ。メディアに何かを言われたところで『自分は絶対に間違っていない』と言い張るし、彼はもうオコンのことなんか見ていない。アブダビGPではオコンが近づこうとした時に、ぶつかってもいいと思っていたようだった。同じような状況になったら普通は引くじゃない? でも彼は引かないし、そこが彼のすごいところ」

──第10戦モンツァのレース2では、牧野選手がF2初優勝を飾りましたね。福住選手はかなりショックを受けていたようですが……。

柴田「モンツァで牧野が勝ったことについて、福住はもちろん、落ち込んでいた。でもレース内容を見ても、牧野の優勝は棚ぼたのようなものだった。それを福住も十分わかっているはずなのに……牧野が勝ったという事実に圧倒されて自分の走りに自信が持てなくなってしまったんじゃないかな。でも、そこでもう少し考え直してほしかった」

■若手ドライバーにはメーカーの垣根を超えてチャンスを与えるべき

──2019年に日本人ドライバーがF1で戦うことは実現しませんでしたが、今後日本人がF1に行くためにはどうすべきだとお考えですか?

尾張「少し話が逸れるけれど、メーカーにこだわるなと言いたくなる。ニック・ハイドフェルドはメルセデスのジュニアドライバーだったけれど、BMWでF1に乗った。ミハエル・シューマッハーだってメルセデスの育成ドライバーだったけれど、フェラーリにいったし、またメルセデスに帰ってきた。メーカーにこだわっているのは日本人だけ。もしホンダのドライバーの中に、フェルナンド・アロンソを見て『ル・マン24時間レースに出たい』と思ったドライバーがいたとしても、いけないわけでしょう? それはおかしい。(メーカーにこだわることの)良し悪しは別だけどね」

柴田「まったくその通りだと思う。ただ一方でホンダ(モータースポーツ部)の山本(雅史)部長の立場からしたら、もちろん日本人ドライバーをF1に出したいだろうし、個人的には松下君が再来年F1に行ってくれたらいいなと心から思うけれど、でも、ここまで日本人にこだわらなくてもいいのかなと思う気持ちもある。他の自動車メーカーならば、たとえばメルセデスはそこまでドイツ人のドライバーにこだわらないでしょう? それはシューマッハーのようなドライバーがいるから、余裕があってそういう態度を取れるのかなというのもある。だけど、実力が伴わないのに何でもかんでも『日本人ドライバー』というのは間違いだと思う。山本部長も言っていたけど、F1に行けるというだけで日本人を引き上げるのは間違い」

──メーカーにこだわらず門戸を広げれば、チャンスが広がっていくこともありそうですね。

柴田「ホンダの育成システムは、採用してからは結果を残せなくてもなかなか首を切らないじゃない。ヨーロッパでダメなら日本でやればいいって。面倒見が良くて日本的でいいなと思う反面、そこに日本人ドライバーが育っていかない理由があるのかなとも思います」

尾張「育てるんじゃなくて、どんどんチャンスを与えた方が良いと思う。SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)も体制が変わった(※1)けれど、前提として海外に行く人を応援するというシステムに変えた方が良いと思うね」

──ちなみに最終戦アブダビGPでは、2018年のスーパーフォーミュラとスーパーGTの両タイトルを獲得した山本尚貴が現地を訪れましたが、彼についてはいかがでしょうか。

尾張「日本の両カテゴリー(スーパーフォーミュラとスーパーGT)で8年ぶりにトップになったドライバーだし、旬でもある山本尚貴を次の年にF1に乗せたらどうなるのか、見てみたいよね。F1に行くなら下位カテゴリーでピレリタイヤを経験した方が良いと思うけど、そういうのを経験しないというルートを見たい」

柴田「日本で培ったスタイルで、ヨーロッパの舞台で戦うには厳しい部分があると思うけど、たしかに、日本の最高レベルのドライバーがF1に乗るという面では見てみたいよね」

2018年F1アブダビGP金曜、トロロッソ・ホンダのガレージ内でチームの様子を見守る山本尚貴

──これまで5回に渡って昨今のF1事情について話をしてきましたが、いずれにしましても2019年は多くのチームでドライバーラインアップが変わり、レッドブル・ホンダが誕生するなど、話題の豊富なシーズンとなりそうですね。

尾張「8年ぶりにF1に戻ってくるロバート・クビカがどんな走りをするのか、見てみたいよね。僕が見たいのはクビカと、あと松下がF2戻ってきてどうなるのか。それからガスリーがフェルスタペンを相手にどれくらいできるのか、どうやってリカルドがルノーを立て直すのか。あとはザウバーの(キミ)ライコネン! 表彰台を獲得できないということはないと思うよ」

柴田「ザウバーは今もフェラーリから技術協力を受けているし、2019年はもっと速くなると思う」

尾張「でも、ザウバーが速くなったら、フェラーリはダメ。シモーネ・レスタ(元フェラーリのチーフデザイナー。2018年5月にフェラーリを離脱して7月よりザウバーのテクニカルディレクターに就任)が抜けているし、政治的な混乱を避けてフェラーリを抜けている人がいる可能性もある。そうするとザウバーが速いということは、フェラーリはダメかも。ザウバーのライコネンがどれだけやれるのか見てみたい」

柴田「ライコネンにしてみれば、フェラーリの(セバスチャン)ベッテルをコース上でぶち抜くというのが目標かもしれないね(笑)」

──そんなシーンが見られたら、ライコネンファンは大喜びですね。2019年のF1、ホンダの活躍……3月の開幕戦からまた、みなさんと一緒にF1を楽しみましょう。

おわり

※1. 2018年11月、元F1ドライバーの中嶋悟が25年間務めた校長から勇退。新たに創設されたプリンシパルに佐藤琢磨を、ヴァイス・プリンシパルには中野信治を起用することが発表された。

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柴田久仁夫
 静岡県出身。TVディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛びまわり、『autosport』をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はトレイルランニングとワイン。

尾張正博
 宮城県出身。1993年よりフリーランスのジャーナリストとしてF1の取材を開始。一度は現場からは離れたが、2002年から再びフリーランスの立場でF1を取材を行い、現在に至るまで毎年全レースを現地で取材している。

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