侍U-12仁志監督が指導者に伝えたい指導理念「指導者ではなく子供に最適な指導」

「ぐんま野球フェスタ2019」で指導者向けの野球教室を行った仁志敏久氏【写真:広尾晃】

「ぐんま野球フェスタ2019」に参加、U-12代表監督で培った理念を紹介

 1月5日に群馬県前橋市で行われた「ぐんま野球フェスタ2019」では、侍ジャパンU-12代表監督の仁志敏久氏が指導者向けの野球教室と講演を行った。

 午前中に行われた野球教室では、少年野球の指導者に対して、ウォームアップやストレッチの方法から、キャッチボール、ゴロの取り方などの指導のコツを伝授。来場したU?12代表選手たちがアシスタント役を務め、実際にプレーを披露した。

 ゴロの捕り方では、従来教えられている「打球の正面で腰を落として捕れ」という方法ではなく、「ボールの右側から流れるように入る」という方法を紹介。後者の方が柔らかく体を使えると説明した。仁志氏は著書やビデオなどを通じて、自身の考える野球技術を紹介しているが、初めて接した参加者も多く、「仁志さんのやり方の方が理に適っているし、説得力がある」と感想を漏らす人もいた。

 午後の講演は「野球を通した子供たちへの教育 ー野球界と子供たちの将来を考えてー」と題して行われた。仁志氏は自身で作成したパワーポイントでの資料を用いて、課題と解決策を丁寧に説明。200人を超える聴講者たちは、熱心に耳を傾けた。

 まず始めに、プロを頂点にアマチュアまで1つのピラミッドにまとまっているサッカー界とは対照的に、野球界はプロ、アマで数多くの組織が分立していることを紹介。統一したライセンス制度もない現状の中で、各世代のチームを持つ侍ジャパンがある程度、野球界をまとめる役割を果たしてきたと説明した。

 さらに、野球人口が激減していることを、中体連軟式野球部加盟生徒数のグラフを使って紹介。野球人口の減少に歯止めをかけるために、指導者に求められる課題を掲げた。

○野球の普及:幅広いプレーヤーの獲得
幼児だけではなく大人も普及の対象。今後は男性だけでなく女性にも、父親だけではなく母親も対象とした普及を目指す。

○子どもたちの問題:楽しいと本気の共存
家庭環境が変化し、野球の存在意義も昔と異なる。競技として熱意の高い層と、趣味と捉えるライト層が混在。子供の実力格差も開く中で、本来の「野球が楽しい、面白いの意味」を理解させよう。

○組織の課題:理念の統一
ピラミッドにはなれない野球界の現実がある一方、せめて地域や単体の組織は1つの理念を持つべき。野球の場合、トップダウンではなく、地域の活動など底辺からピラミッドを作ってもいい。

○指導者のあり方:知識と情熱 
指導する対象によって内容は変わる。昔の指導者は「俺たちの時代は」と言いがちだが、野球指導は進化しているので昔の経験は「ガラクタ」になって使えない。子供たちの将来を見据えて、指導者は「指導することに覚悟を持つべき」。

仁志氏が考えるチーム作りの具体的な理念とは…

 仁志氏はさらに、チーム作りの具体的な方法論を紹介した。

○指導理念
まず子供たちの安全(環境、健康)を考える。今後の(野球)人生のヒントを与える。そして、常に中心的な存在になれる人材作りを行う。

○チームを作る
約束事やルールを作る。言うべきことはすべて事前に言う。キャプテンを中心に子供たちだけの社会を作る。話を聞く時間、する時間を設ける。特に聞く時間が大事。

○話を聞く側の環境を整える
太陽の位置を見て、子供たちの顔に直射日光が当たらない位置で話す。暑い日は日陰を見つけ、疲れている状況では座らせる。落ち着いた時間に話す。

○練習メニューへのこだわりと工夫
必ず事前にその日のスケジュールを作り、練習前に内容の説明をする。いつまで同じ練習を続ければいいのかわからない練習は効果が薄い。練習ごとにテーマを作り、説明する。長くやればいいということではなく、時間設定には注意が必要。

 ここで仁志氏は、2016年に米ダイヤモンドバックスのマイナーキャンプにコーチとして参加した時のプログラムを紹介した。練習は朝7時の食事から始まり、12時過ぎには終わるが、この間、日本のキャンプのように休憩はなく、選手は細かなメニューを次々と消化する。鍛えられていない選手はこれをこなすのは難しい、と話した。

 さらに「試合に向かう時に考えること」として「必要な練習はしたか?」「注意事項は事前に伝えたか?」を確認するとともに、指導者の「勝ちたいオーラ」は控えめにするようにとアドバイス。「所詮ミスは出る」と覚悟することが大事だとも強調した。

子供たちに伝えるべき4点の「大切なこと」

 また「大切なこと」として、下記の4点を子供たちに伝えることを提案し、「楽しかったかどうかは、終わった時に感じるもの」と説明した。

○勝つことを目標としよう
○精一杯プレーすること
○知恵と力を合わせること
○充実感を味わうこと(緊張感も)

「勝つことを目標にすること」と「勝利至上主義」は異なる。そして、「楽しい、面白い」という感覚は、勝利を求めて真剣にプレーし、充実感を味わう中で生まれてくるということだと話した。

 仁志氏は最後に、講演のポイントをおさらい。

○指示を待つ子ではなく率先して動く「リーダー」を育成する
○指導側の満足な指導ではなく子供たちにとって「最適の指導」を行う
○「楽しいだけ」「厳しいだけ」ではなく「勝つこと」と「楽しむこと」を追求する
○目の前の子供たちだけへの指導ではなく、その向こう側へと続く指導(子供たちは将来指導者になった時に自分が受けた指導を踏襲しようとする)

「みんなで考えましょう。みんなで作りましょう。野球がある未来を。野球で育つ子供たちの将来を」と締めくくった。

 現役時代は巨人、横浜のスター選手だった仁志氏だが、現在は理念も方法論も併せ持った日本野球の未来を担う「指導者」へと変身を遂げていた。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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