金属行人(1月8日付)

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 2019年の元旦。インドのタタ製鉄が、こんな発表をしている。「ジャムシェドプール命名100年」。これを読むと、当時の世界情勢と密接に関わっていたタタの歴史が垣間見える▼ジャムシェドプールに製鉄所が建てられ、A号高炉へ火入れされたのは1911年。この時の地名は「サクチ」だった。そして14年に第一次世界大戦が始まると、サクチで造られた鉄は一躍、注目を浴びることになる▼大英帝国のインド総督だったチェルムスフォード子爵(フレデリック・セシジャー)は100年前の1月2日に演説し「4年間の大戦を完遂できたのは、タタが英領のメソポタミア、エジプト、パレスチナ、東アフリカへレールを供給してくれたからだ」と称賛。10年前までジャングルだった地に鉄の街を開拓したタタ財閥の創立者、ジャムシェトジー・タタを讃えてサクチをジャムシェドプールに改名すると宣言している▼大英帝国を支えたタタのレール生産は50年ほど前になくなったが、今やジャムシェドプールは鉄鋼だけでなく自動車、電力などを擁する産業都市へと発展。タタの製鉄所もジャムシェドプールだけでなくカリンガナガールやデンカナルへと広がっている。次の100年はどのような歴史を刻むだろうか。