ゴーン前会長弁護人 海外メディアへの「発信力」

日本外国特派員協会で記者会見する大鶴基成弁護士(左)=2018年1月8日 日産自動車前会長のカルロス・ゴーン容疑者(右)

【特集 日産ゴーン前会長】

 「これは最多記録だ!」。日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者の弁護人の記者会見が8日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で行われた。内外の記者、カメラマンが開場前に列をなし、あまりの多さに外国人記者が驚きの声を上げた。同日、東京地裁でのゴーン容疑者の勾留理由開示手続きを終えたばかりの大鶴基成弁護士たちが会見に臨み、記者たちと約2時間やりとりをした。ゴーン容疑者の意見陳述書の英訳資料などが配布され、弁護側は容疑者の主張を海外の主要メディアにも確実に伝えたい意向があったようだ。いくつかの印象に残るやりとりがあった。(共同通信=柴田友明)

【動画】勾留する理由がないゴーン前会長の弁護人が会見

 大鶴弁護士は元東京地検特捜部長で、在任時にライブドア事件、村上ファンド事件、佐藤栄佐久・元福島県知事を起訴した談合・汚職事件などの捜査を指揮した。このため検察幹部の経歴に絡めた質問が多かった。大鶴氏は会見ではゴーン容疑者の特別背任容疑のうち、損失の付け替えは「嫌疑がないと確信している」と強調。検察側が容疑に関わるサウジアラビアの実業家(ハリド・ジュファリ氏)から事情を聴いていないと指摘、捜査手法にも疑問を示した。

質疑応答

接見で「心情吐露」なし

 ―ゴーンさんは偉大な経営者から薄汚い犯罪者に引きずり下ろされました。このことについて(ゴーン容疑者)本人はどう受け取っていますか。信用していた仲間からは裏切られたかたちで、特に西川さん(日産自動車社長兼CEO)への思い、何らかの気持ちはあるのでしょうか?

 「当然こういう経緯で突然逮捕されているので、日産の経営陣に対する不満は持っていると思います。ただ50日以上接見していてよく分かるのですが、非常に合理的な人。毎回2時間半の接見を有効に使うという考えの方です。『部屋が狭い』『ベッドがきつい』ということは、大使館の人たちが頻繁に面会されていてしているかもしれません。われわれにそういう話はしない。あくまで取り調べの内容を(弁護人に)説明してアドバイス、対応を求めるだけで、自分の心情を吐露することも実はほとんどなくて、非常に冷静になさっています」

 ―(サウジアラビア実業家への送金)1470万ドル(約16億円)は額が大きい。これが適正なら根拠を示してほしい。このお金がCEOリザーブという機密費から支払われていると報じられています。どういう扱いになっているのか、それぞれが契約があって、対価の報酬が決まっていたのか?

 「CEOリザーブは機密費と訳している新聞もありますが、そういうものではない。予算にのっていない予算の枠。これはゴーンさん1人が勝手に決めて支出できない。1年間では日本円では3億から4億。ほかと比較しても高すぎない。(サウジの実業家は)日産にとって非常に有益なことをやってくれた。例えば、リーマンショック後にキャッシュが不足した場合、サウジでは(この実業家に)お願いしていた。高すぎるということでない。契約と言いますが、(実業家経営の)会社に依頼する書面はあったようです」

取締役会決議の議事録の存在 

no cost to the company 損失は社に負担させない

 弁護側の支えは、日産取締役会の議事録の存在だ。私的な投資の契約主体を日産に変更する際に得た取締役会決議に「no cost to the company(損失は日産に負担させない)」と書かれていたことが昨年末に判明。特別背任罪は成立しないとの確信を深めている。大鶴弁護士はこの点について会見で強調した。さらに大鶴氏は、日産側が1470万ドル(約16億円)を支出した、サウジアラビアのハリド・ジュファリ氏の証言も紹介。約16億円を「謝礼」とする特捜部の見方を真っ向から否定する内容だったとし、特捜部がキーパーソンのジュファリ氏から事情聴取していない点も「全く異例だ」と痛烈に批判していた

田中康夫氏の質問

 最後に質問したのは海外メディアではなく、意外にも作家、元長野県知事の田中康夫氏だった。田中氏はサウジの実業家に事情聴取できなかったり、裁判が終わらなければゴーン容疑者の保釈がないようなら「法治国家」とは言えないのでないかとの見解を話した。

 大鶴弁護士は「(勾留満期の)11日までは間に合わなくても『司法共助』という仕組みもある。その手続きで(サウジに公式に要請して検察側は聴取できるよう)進めていくと思う」と語った。さらに、一般的に会社法違反(特別背任)で全面否認している場合は初公判まで保釈が認められないケースが多く、この点ではゴーン容疑者も「困ったことだ」と考えていると思う。金融商品取引法違反含め準備に時間がかかり、初公判まで半年以上は少なくともかかるかもしれないとの見方も示した。

海外メディアの反応

 前会長カルロス・ゴーン容疑者の勾留理由開示手続きを海外メディアも詳しく報じている。ロイター通信はゴーン容疑者が法廷で「根拠のない罪」と述べたと報道し、AP通信は「11月に逮捕されて以来、初めて公の場に登場」と伝えた。ロイターは事前に準備された声明を入手したとして、ゴーン容疑者が「私は誤って訴追され、実態も根拠もない罪に基づき不当に拘束されている」と述べたと伝えた。またAPは、日本では弁護士の立ち会いなしに容疑者の取り調べが行われ、「人質司法」とも批判されていると説明した。こういった海外の論調にゴーン容疑者の弁護団側も会見で自らの主張を正確に伝えて追い風にしたいところだ。

【特集 日産ゴーン前会長】

東京地裁

①【検察側とゴーン容疑者側の主張

「私的な投資の損失を約18億5000万円を日産自動車に付け替えた疑い」

▽東京地検特捜部

ゴーン容疑者の契約であることを隠して取締役会の決議を得た。付け替えた時点で特別背任罪は成立する。

▽ゴーン容疑者側

日産の信用力を借りるため一時的に契約者を変更。決議に「会社の費用負担はない」との記述があった。

②【検察側とゴーン容疑者側の主張

「信用保証に協力したサウジ実業家(ハリド・ジュファリ氏)に約16億円を支出した疑い」

▽東京地検特捜部

協力への謝礼として支払った。

▽ゴーン容疑者側

サウジアラビアの販売網立て直しなどの対価。ジュファリ氏本人も「謝礼ではない」と証言。

【特集 日産ゴーン前会長】

東京地検などが入る合同庁舎

ゴーン容疑者の陳述ポイント

・日産に損害を与えていない

・(日産子会社からサウジアラビアの知人側への送金は)関係部署の承認に基づき、相当の対価を支払った

・(私的取引で損失が生発生した理由はリーマンショックで)誰も想像しない最悪の事態だった。

・(役員報酬の過少記載について)訴追は全く誤っている。金融商品取引法違反ではない

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