臓器提供、もっと知って 遺族「揺るがぬ決断、後悔ないが…」

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臓器提供後、日本臓器移植ネットワークから男性の妻に贈られた感謝状
熊本市であった講演会で、妻の臓器提供への思いについて語る男性=2018年11月

 2010年の臓器移植法改正で本人意思が不明でも家族の同意があれば移植が可能になった。しかし、突然決断を迫られる家族は戸惑い、迷う。6年前にくも膜下出血で脳死になった妻の臓器提供に同意した男性(62)=福岡県=は「脳死は誰にでも起こり得る。臓器提供がどんなものか、もっと知ってほしい」と訴え、地元や熊本での講演を続ける。

 「手は尽くしますが、99・9%だめです」

 搬送先の医師から、男性が告げられたのは2012年の秋。妻が自宅で倒れてわずか3時間後だった。

 50代だった妻は生前、家族との雑談で「(臓器を)あげちゃっていいけどね」と話し、延命治療も希望していなかった。男性は「意思表示カード(ドナーカード)も一緒に書いた」という。その時書いたカードは見つからなかったが、「母さんなら提供する」。家族全員の決断は早く、揺るがなかった。

 間もなく始まった摘出手術。心臓は大阪で20代の患者へ移植。「心臓移植を受けた人が50年後に70歳になれば、妻の心臓は百まで生きる」。男性はそう思ったという。一方で、心臓は摘出の直前まで動き、体は温かかった。心臓を止めるのは家族だ。男性は「法的に脳死です、と言われた時は、とてもつらかった」と振り返る。

 臓器提供に同意したことに対し、家族は皆「後悔はない」としながらも、その思いはさまざまだ。決断後、幾度も心が揺れ動いた。

 長男(35)は「もっと悩んで決断すべきだったのかな」と考えている。その病院は当時、臓器提供の経験がなかった。院内の広々とした応接室に通され、幹部が次々と家族の意思確認に集まった。あらためて事の重大さを突きつけられたという。

 一方、葬儀後にインターネットのニュースサイトで脳死に批判的な書き込みを見つけた。「快く思わない人たちがいることも知った。反対意見も理解できる」。だからこそ、「もっと臓器提供の知識を持った上で決断できたらよかった」と思うようになった。

 母の死後、長男は結婚し娘も生まれた。現在持つ携帯電話には、臓器提供の意思表示をする機能がある。購入時は「提供する」にしていたが、今は「しない」に変えたという。

 昨年11月中旬、熊本市で開かれた臓器移植に関する講演会。男性は壇上で「子どもたちには『母さんはどこかで生きているよ』と話した。ただ、臓器提供した事実を今もほとんどの親戚に打ち明けていない」と吐露した。隠してはいないが、積極的に話す気持ちにはなれないという。

 国内の脳死による臓器提供件数は、家族同意による実施で増加傾向にはあるが、普及しているとは言えない。97年の法施行以降、実施数は600例弱、熊本県内でも18年12月時点の判明分で4例だ。

 男性は仕事の傍ら、病院や学校などで臓器移植に関する講演活動を続けている。多くの人に臓器移植について考えてもらいたいという思いからだ。熊本での講演にも友人2人を初めて招いた。

 家族の中には「人に言うべきことじゃなく、講演をやめてほしい」という声もあるという。それでもなぜ続けるのか。「移植についてもっと語り合い、考える社会になってほしいんです」(文化生活部・林田賢一郎)

(2019年1月9日付 熊本日日新聞朝刊掲載)