ブラジル社会面座談会=ざっくばらんに行こう!=独断と偏見でボウソナロ新政権占う=期待できるか、2019年!

座談会は12月3日に社内で実施。参加者は「B―side」(ブラジルの経済ニュース速報とデータベース)代表の美代賢志さん(本紙元記者)、深沢正雪編集長、鈴木倫代ブラジル社会面デスク、沢田太陽、井戸規光生両翻訳記者の5人

座談会は12月3日に社内で実施。参加者は「B―side」(ブラジルの経済ニュース速報とデータベース)代表の美代賢志さん(本紙元記者)、深沢正雪編集長、鈴木倫代ブラジル社会面デスク、沢田太陽、井戸規光生両翻訳記者の5人

【深沢】さてさて、今年も年末座談会の季節がやってきました。
 去年末の大統領選挙予想の座談会は、みんな見事に大外しで、ある意味〃的中〃させたのは井戸君だけ(涙)。といっても「最悪の場合それもあり得るのは」というもので、結果的にそれが的中でした。
【井戸】いえ、僕の予想も、「誰も言わないならあの人の名前も言っとかないと」という感じで出しただけで、根拠も何もありませんでしたし…。
【一同】(苦笑い)
【深沢】今年は反省も込めつつ、もうちょっと、しっかりと見通すようなことができればと…。
【沢田】別にしっかりやらなかったから外した訳じゃあないじゃないですかっ。そんなまとめられかたは不本意だな。
【一同】まぁまぁ。
【深沢】今年は、「B―side」(ブラジルの経済ニュース速報とデータベース)をやっている本紙OBの美代君にも参加してもらって、座談会を行っていきます。
【一同】パチパチ(拍手)
【美代】今年の大統領選は、昨年末の時点で結果を当てにいくのがそもそも間違いだったかもね。
【鈴木】あの時点では、キーパーソンンのルーラが出馬できるかどうかさえも不透明だったんですからね。
【深沢】この結果を予測できた人が、どれだけいただろうね。伯人専門家にもそんなにいなかったんじゃないかな?

9月6日、ミナス州ジュイス・デ・フォーラで刺されたボウソナロ候補(Reprodução TV)

9月6日、ミナス州ジュイス・デ・フォーラで刺されたボウソナロ候補(Reprodução TV)

【美代】投票1カ月前の、ボウソナロが刺された事件も大きかった。あれで同情票が集っただけでなく、「口を開けば暴言」で、支持が下がる可能性があった彼が、口なんか開けない。ボロが出そうな討論会にも〃療養中〃の名目で出なくていい。そのおかげで票が減らなかった。
【深沢】そうそう。それで今回は「新年の伯国は、ボウソナロ政権でどうなっていくんでしょうか?」というところの話を中心に、座談会を進めていきたいんだけど、今(18年12月3日現在)のボウソナロの組閣状況って言うのが、数少ない今後を予測する判断材料になるのかな?
【井戸】まだ政権発足してもいませんしね…。
【沢田】今の組閣状況が、来年そのまま出る事はないと思う。
【深沢】ん? 今表に出ている名前が替わっちゃうってこと?
【沢田】そうじゃないけど、今取りざたされている人たちが各ポストに就いたからって、すぐに大きな結果に繋がるわけじゃないと思う。
 旧年のテメル政権(民主運動・MDB)でやっている事の延長がしばらくは続く。だから、ボウソナロ政権の要職に誰かが就任したからって、いきなり効果が出るってことはないはず。
【深沢】まあ、肝心の新年の予算も決まっちゃっているしね。
【沢田】だから新年すぐにはボウソナロ政権の真価は問えない。
【深沢】まあ、2年目、3年目も踏まえてどうなっていくのかなと。それの最初の一手が組閣ではあると思うんだけど。
【沢田】テメルがかなり経済を安定させて渡しているから、発足当初は良く見えるんじゃないですかね? 教育や外交とかで、いきなりガタガタ来るような事もないのかなと。
【井戸】まあ一応、インフレや金利は低く、GDPも7四半期連続の成長です。ただ失業率が高止まり…。
【深沢】最初はおとなしくしつつ、徐々に半年、一年くらい経ってから本領発揮ってことかな?
【井戸】どんな〃本領〃を発揮してくれるんだろう? ドキドキですね。

▼経済は成果主義、既得権を減らす方へ向かうか

ゲデス次期経済相(Foto Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)

ゲデス次期経済相(Foto Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)

【深沢】問題はやはり経済政策かな? 「社会保障改革」に、「財政均衡」(財政赤字解消)できるのかどうか。あとは「汚職撲滅」「治安改善」も彼の主張だったよね。
 これらの問題で、多少なりとも成果は出せるのか。この辺が来年のうちに少しは見えてくるのか? 美代君、その辺はどう思うの? ボウソナロ政権の経済政策を託されたパウロ・ゲデスの手腕はどうかな?
【美代】ボウソナロ、ゲデスの言っていることは、今の世界の潮流に乗っていることですよね。
 伯国の社会的な変化ってことも絡めて話すと、この前、ブラジル人の弁護士や大学教授と話したんだけど、彼らって「俺は今のいい給料貰うために頑張ったんだ」って言い方をする。結構そういう人がまだ多いんだよね、ブラジルって。僕らの感覚からしたら、昔勉強したってことはただの「入り口」であって、イコール今の収入を保証する「出口」ではない。
【深沢】「これだけもらえる権利があるはずだ」みたいな。主に公務員のことだね。これが民間なら、その役職に就くためにどれだけ勉強してきたかと、給与は関係ない。その役職についても結果が出せなければ辞めさせられるし、成果がでなければ給与もそれだけになる。
【美代】いや、実は民間でも、そうでもないんですよね。国民がある企業に入ったとして「俺の給料こんだけ」って、労組と企業で決めちゃっている。
 でも、ゲデスが言っているのは、成果主義、派遣労働、自営業を増やしていく流れ。その中で、国民のメンタリティも『働かないけどお金が欲しい』じゃなくて、『これだけの成果をだしたんだからこれだけの対価が欲しい』って発想に変わってほしい。そうなれば政治も変わっていくんじゃないかな。
 昔は小学校出たか出ないかみたいな人がいっぱいいたのに、今は高学歴化が進んでいるでしょ? 今は高校も大学も行く人が増えてきている。
 高学歴化が進んでいくと、学閥とか、コネでどうこうってのがやりにくくなっている時代だし、あとは、Uberとか出てきたでしょ。あれなんかもう、完全に成果主義。仕事がありそうな地区、時間帯を自分で考えて、そこに自分の労働力を集中投下する。そんな自分の技量が問われる。いわば、走ってなんぼ。「免許とってタクシー運転手になったから、これだけ給料が欲しい」は通用しないんだよね。
 どれだけ多くのお客さんを乗せたかどうか。社会のほうが変わってきている。そういう流れの中で、僕はボウソナロが選ばれたんだと思う。彼は既得権みたいなものを破壊するつもりでしょ。
【深沢】経済の部分からすると、ボウソナロが選ばれた事が意味するのは、いま美代君が言ったような成果主義を進め、既得権を減らす方向に政策がすすめられる、と。
【沢田】アンチ・エスタブリッシュメント(反既存体制)ってことでしょ。
【美代】あるいは派遣労働を、どう拡大していくのか。おそらくゲデスは、テメルが労働法改正で示したような、雇用のフレキシブル化の流れを推し進めていくような気がする。社会が成果主義の方向に流れていって、古い政治家が取り残されていくっていうか。
【深沢】グローバル経済的な感じになっていくのかな? 今まではヴァルガス以来の左寄りの、労働者の権利優遇、組合の強さが際立ってきたけれど、今後は「労働市場の自由化」的な方向にいく、と。
【美代】そう、だからこの流れはもはや変えられないと思うんですよ。そこに政治家がついていくしかない。再選された連邦議員も少ないでしょ。
【沢田】再選の少なさには政治批判、既存政治家たちの汚職への嫌悪感もあった。
【美代】政治のほうでも、いままでみたいに既得権を守って、仲間内で利益誘導みたいなスタイルの政治家は淘汰されていくんじゃないかな?
 例えば元聖市長のマルフ、彼が絶対当選しないってのも、そこ。昔はいたでしょ? 「あいつは盗みもするけど、やることもしっかりやる」みたいなこと言う人たちがね。今はもう、それが通用しない世の中になっている。
【深沢】今回の選挙は北東伯でも、ファゼンデイロの親玉みたいな人が続々落ちているし。現役上院議長のエウニシオ・オリベイラも落ちた。
【美代】そういうのが通用しない世の中になっている。そういうのを上手くキャッチアップ(追いつくこと)できる政治家が生き残っていくっていうか。
【深沢】一番保守的な北東部ですら、利益誘導型の政治家が落ちているからね。パウロ・ゲデスが経済政策のトップとして登用されて、要職にも派閥や顔じゃなくて、専門家的な人たちがどんどん入っていく流れって言うのはまさに、リベラル化の方向。
 あと、なんかこう「アメリカ寄り」っていうかね。ボウソナロ本人もアメリカ寄り、トランプ寄りの志向を隠さないって言うか、経済のほうもそういう方向なのかな?
【沢田】絶対そこまで考えられていないよ、ボウソナロは。ブラジルの社会がどう変容していくとか、彼の頭にあるわけない。

▼ボウソナロは「重い御輿」か「軽い御輿」か

ボウソナロ次期大統領とセルジオ・モロ次期法相(Foto: Roberto Jayme/Ascom/TSE)

ボウソナロ次期大統領とセルジオ・モロ次期法相(Foto: Roberto Jayme/Ascom/TSE)

【美代】ただ、彼は「重い御輿」か「軽い御輿」かと言えば、僕は「軽い御輿」のような気がする」
【深沢】小沢一郎発言のの「神輿は軽くて馬鹿がいい」って比喩ね。例えれば、総理大臣は軽くて馬鹿の方が、担ぎ易くて動かしやすい。しっかりして重たい人間だと、担ぐのは大変だし、動かしにくいっていうヤツでしょ。たしかにボウソナロは軽そうだね。
【沢田】彼からは、単に「左派政権時代で下に置かれた、軍人の心意気を見せつけてやる。なめんなよ」ていう、浅はかなものしか感じられない。
 「社会をどう変革していきたいから、どんな政治を行って」っていう主義主張は何も感じない。単純に社会がこうだって言っているものに対して乗っかっているだけ。議員時代の言動に何回毀誉褒貶があったか。ただのポピュリスト。
【美代】でも、逆に自分なりの信念も見識も深くないから、法務大臣にすえたモロにも好きなようにさせるかも。ゲデスもボウソナロに邪魔されずに経済政策で采配をふるえるかも。
【沢田】分からないだろうね、難しい部分の法律も経済も。

【深沢】確かにボウソナロは、モロやゲデスに口は出せないかもね。
【美代】PTだとそこに全部口挟むってゆうか。
【深沢】ルーラ時代は、任せた大臣なり役人なりを信頼する度量があったけど、ジウマはねぇ。
【鈴木】ジウマは逐一口を出していましたよ。
【美代】僕のルーラへのイメージは、表だっては色々言わないけれど、裏では結構。というのは、汚職でいつもパクられそうになると、いつも子分が「ルーラは知らなかった」って言っていたでしょ? でも本当は…。
【鈴木】「実際には彼は全部知っていた」という声もありますよね。

2016年7月31日にパウリスタ大通りで行なわれた抗議行動の様子。VPRの街宣車のまえに集まった聴衆が「モーロ、モーロ、モーロ!」と大合唱

2016年7月31日にパウリスタ大通りで行なわれた抗議行動の様子。VPRの街宣車のまえに集まった聴衆が「モーロ、モーロ、モーロ!」と大合唱

【深沢】ボウソナロ本人が選挙対策や政策を練ったというよりは、パウリスタ大通りで繰り返されたマニフェスタソンで叫ばれていたものを、そのまま選挙戦のスローガンにしていた気がする。
【沢田】2013年からのあれですよ。20センターボのバス値上げ反対のデモなのに、なんかお金持ちがいっぱい路上にいて。
【深沢】そう、2013年でもジウマ政権期末期のデモでも、『軍政復古』を叫ぶ集団がけっこういたよね。今思えば。多いときは街宣車が2台もいたからね。
 あの時は「なんでこんな人たちが、こんなにいるんだ?」って思ったんだけど、今回の選挙で『ああそうだったのか』と腑に落ちた。あの人たちは、もっともっと声を挙げたかったし、かなりの数がいたことが選挙結果から分かった。
 軍政支持者も「汚職を許すな!」って声をあげていた。結局ああいった人たちが、選挙では丸ごとボウソナロに投票したんだと、今になって思うよ。
 あのマニフェスタソンの時点では、大方の人はPSDB支持者だったと思うけど、それがその後のなりゆきでPSDBに一気に幻滅して、反PT勢力として軍政支持者とも大同団結して、ボウソナロに流れていった流れがある。

▼アエシオのおかげで国民はPSDBに幻滅

アエシオ・ネーヴェス上議(Foto: Roque de Sá/Agência Senado)

アエシオ・ネーヴェス上議(Foto: Roque de Sá/Agência Senado)

【沢田】もっと単純にいったら、17年JBSショックの主役、ジョエズレイ・バチスタの存在は大きかった。彼はPSDBの大物アエシオ・ネーヴェスにも賄賂を贈っていた。その暴露でアエシオが失脚し、同時にPSDBの評判を大きく下げた。そのダメージが一番大きい。だって、2016年の全国市長選挙ではPSDBは良かったんだもん。
【井戸】ドリアなんて、激戦の聖市で一回目の投票で過半数を制しましたよね。
【深沢】14年の大統領選挙だって、PTのジウマとPSDBのアエシオは、最後の最後までかなり競ったからね。
【沢田】それがひっくり返ったのが、あの隠し録音ですよ。
【深沢】そういう、PSDBもイヤ、PTもイヤっていう有権者が、ほかに選択肢がなくてボウソナロに雪崩をうったのかな? 結果的にそうなったけど、ボウソナロを積極的に支持していた訳ではない。ボウソナロは、既成政党に倦んだ人のフラストレーションを上手く利用したよね。
 じゃあ、そうした色々な批判の寄せ集めという選挙キャンペーン中の物言いが、来年以降に矛盾しないで一つのポリシーにまとまっていくのかっていう疑問があるよね。
【沢田】矛盾なんて早速出ていますよ。

▼トマ・ラ・ダ・カーしない方針とバンカーダ

【深沢】ボウソナロの組閣状況を見ると、今のところは、これまでみたいなトマ・ラ・ダ・カー「与党政党に閣僚ポストを割り振って、その代わりに議会での支持を取り付ける」っていう伝統的な政界運営手法はとっていない。
 だから政党側からは、その反発不満も出ているよね。このままだと、社会保障改革も難しいのかも。
【鈴木】議会運営に物凄く苦労しますよ。
【沢田】補佐役の副大統領は軍人ですからね。
【深沢】そのへんがどうでるか? 鈴木さんどう思いますか?
【鈴木】政策に一貫性が出てきにくいパターンだと思います。「既存の勢力、既存のやり方ではだめ。とにかく大きく変わること」を国民は望んだ。反PT、反PSDBの流れがボウソナロを大きく利したわけです。
 でも、たとえば今の報道では、次期政権の最優先は社会保障改革なんていわれていますけど、彼自身、議員時代の議案への投票行動はまるっきり反対でした。
 環境問題への取り組みだって否定的で、新年開催の大きな環境会議(COP25)の伯国招致を自分の〃鶴の一声〃で止めさせています。深く考えずに発言、行動する人という印象がどうしても拭えません。

「ボウソナロには政党の支援がないが、Bancada BBB(bala, boi e Bíblia=弾丸、牛、聖書)を基盤とする」と報じるエザメ誌10月2日号電子版

「ボウソナロには政党の支援がないが、Bancada BBB(bala, boi e Bíblia=弾丸、牛、聖書)を基盤とする」と報じるエザメ誌10月2日号電子版

【深沢】新年以降、ボウソナロが一番苦労するのが議会との折衝である事は間違いないですよね。
 彼の方針は、政党ごとに交渉して票を取りまとめるのではなく、超党派である一定の利害や主義で結びついたグループ(バンカーダ)ごとに賛成を取り付けていこうとしていますよね。
 旧年の下院では、彼の支持基盤となっている主なバンカーダは、銃規制緩和推進(銃弾)派が103人、農牧畜(ウ牛)系が198人、キリスト教福音(聖書)派(エヴァンジェリコ系)で72人、合わせて373人もいるんです。下院議会全体の73%。数字上ではすごい勢力ですよね。
 これが本当に一つの勢力として動くのなら、憲法改正に必要な308だって簡単…という思惑なんだろうけど。
【沢田】でも、三つのグループはそれぞれの主張でまとまっているだけで、自分たちの主張以外のテーマでまとまれるわけじゃない。『銃弾、牛、聖書』という一つの連合が存在して、固まって動くわけじゃない。
【深沢】そうそう、そこなんだよ。だけど、ボウソナロは一応それを期待している。
【井戸】まぁ、手で銃の形を作るあの醜悪極まりないポーズに、『環境保護団体はうるさいこと言うな』発言に、エルサレムへの伯国大使館移転!と見事に三つのグループの機嫌をとっている。
【深沢】そのような言動で、バンカーダごとにまとめていこうとしている。
【鈴木】だからって、その三つのバンカーダがまとまって社会保障改革に賛成してくれる保証はないですよ。
【深沢】ないですよね。クーニャ元下院議長が超党派の「セントロン」なんて巨大裏派閥を作って議会を牛耳っていた時代が、つい最近までありました。ボウソナロはあの真似をしようとしてるんじゃないかって思うんですよね。「俺にもできるんじゃないか」って思ってるんじゃないかな?
【沢田】でも、クーニャほどの根回しの巧妙さは、ボウソナロとその周辺にはないんじゃないかな?
【深沢】そういうところが、来年問われるんだろうと思うんだよね。
【鈴木】そもそも、ボウソナロは今回の選挙では「大統領選に出馬する」だけ言っていて、肝心の所属政党さえ、直前まで決まっていなかった人ですよ。彼の交渉力のなさ、彼の足場のなさのあらわれです。
【深沢】結果的に、今年の選挙が、彼に足場を与えてしまいましたね。
 でも、これは選挙という民主主義の結果であって、ボウソナロ反対派も、選挙結果は受け入れていくしかない。少なくとも武力クーデターでこうしたわけではないから。非民主的な方法で大統領になった訳ではないんだから。
【鈴木】ただし、彼の支持者が業者にお金を払って、選挙中にワッツアップでの偽ニュース拡散を依頼していた疑惑は…。
【深沢】その辺は、これから法的に厳しくしていくしかないですよね。それに関する証拠がどこまで出てくるのかって疑問もありますし、大統領に就任して、しばらくたった後に、選挙結果までひっくり返すのは難しいでしょうね。

▼軍事クーデターが起きる可能性はあるのか?

【鈴木】インターネットやワッツアップで広まって選挙民にすりこまれた彼のイメージと、彼の実像のギャップが表に出てきたときにどうなるんでしょう?
【深沢】ボウソナロ本人だけなら、今回のようなある意味、奇跡的な選挙の成り行きを作るのはムリだったんじゃないかという気がしますよね。
 彼の周りに、それこそ犯罪的に頭が切れる人がいて、あらゆる手段を駆使して彼を勝たせたって可能性はありますね。そんな黒幕がいたとして、その人たちが、これから何をやろうとしているのかが不気味ですね。
 ただし、彼が元軍人で、軍政礼賛発言をしていて、要職に軍関係者を登用しているからって、クーデターを起こして、議会も裁判所も停止といった話ではないですよね。
【美代】そういう物騒な話は逆にPTの刷り込みじゃないのかな? 「あんな奴が大統領になったらこんなことになるぞ。阻止せよ!」みたいなプロパガンダ。
【深沢】民政移管以降の30年間、軍の色がついている人が登用されてこなかったのは、軍政時代の反省というか、『軍は政治に関わらせない! 文民統制!』という意識が強かったからだよね。
 でも軍政が終わって、30年以上も経ってみると、「もう少し軍も政治に口出しして良いんじゃないか」という反動が起きたのが今の時代じゃないかね。
 今はその反動が強くて右側に大きく揺れているけど、振り子のようにそのうち左側に戻って行き、また右に、でももう少し小さく振れる。という具合に、だんだん真ん中あたりに落ち着くんじゃないかな。今は30年ぶりに右側に振れた大きな節目というか。
 軍って今、陸海空の3軍あわせると現役軍人だけで33万人いるんですよね。予備役も164万人いる。あわせてほぼ200万人もいるから、その中にはある程度優秀な人もいるはず。そういう人が登用されているのであれば、意外と人材としては悪くない可能性もある。
 当然のことながら、彼らも国民の一部。それが30年余りも政治への関与や発言を抑えられてきたわけで、反発が溜まっていた部分は分からないではない。
【美代】これまでだって表だって言われてこなかっただけで、選挙では、警察と軍隊と公務員はおさえておかないと、どうしようもない現実はすでにあった。
【深沢】そのとおり。
【美代】それでルーラが最初、公務員の給料を凍結して、もうどうしようもなくなったわけじゃないですか。その後は結局公務員の給与もドンドン上がって、それがいままで見えない形で影響力があったわけだけど、今度は目に見える形になって逆にいいんじゃないですか。

▼アンタッチャブルな司法界の人件費

【深沢】11州の財政が破たん間際みたいな報道が12月の初めにあったけど、その主たる理由は公務員の給与と年金の支払いだからね。
 本来「州税収の6割までしか人件費に使ってはいけない」という法律があるのに、実際は8割以上使っている州がゴロゴロ。リオとかミナスとか。この間、連邦直轄統治になったロライマとか。景気が良い時に政治家が大盤振る舞いして一杯職員を雇って、不景気になって税収が激減してもクビにしない。だから財政を圧迫する。
 いったん公務員になるとストやって、「これだけ貰える権利がある」って主張しまくって、景気による収入の増減に関係なく給与をガンガン上げさせ、社会保障も手厚くさせるから、もうお手上げ状態なんだよね。
 その辺の財政均衡っていうのを、ボウソナロ政権は一体どうやって実現していくのか、具体的な方法が見えない。「支出を削る」って言って、省庁の数を減らそうとしているけど、省庁の数が減ったからって人件費がどれだけ減らせるか分からない。
【鈴木】大臣の数だけ減っても、局長クラスの数は逆に増える可能性が強いですし。
【深沢】公務員になるには本来、公務員試験に合格しないといけない。でも、それに通っていないのに、政治家に指名されて公職についてきた高給取りのコネ人材がたくさんいる。この種の人たちを、どれだけ減らせるかが鍵でしょうね。
 公務員は、さっき美代君がいったみたいに凄い票田なわけで、今までは公務員を敵に回した政治家ってほぼいない。公務員は強力な存在だし、そんな思い切った公務員減らしが、ボウソナロにできるのかは疑問。
 ただし、軍政時代の初期にはそれをやったんだよね、強権に任せて。だからあの時の経済は良くなったんだけど、でもあれは軍政っていう特殊な状況だったから出来たという部分があった。
 この民主主義の時代にできるのかと。あと、国家の歳出という意味では司法界の人件費…。
 三権分立といっているけど、ある意味、司法界は行政府(大統領および政府)、立法府(議会など政治家)よりも上的な存在。だって大統領や政治家を汚職捜査して摘発、裁判にかけるから。その怖い人たちの給与を抑える、下げるというのは、政治家にとってアンタッチャブル(禁忌、誰も触れられない)な議題…。

▼格差是正には初等教育に投資すべきでは

経済協力開発機構(OECD)の加盟諸国では国内総生産(PIB)に対して平均0・5%の司法関連経費なのに、ブラジルは2%も出費していると報じるエスタード紙電子版12月3日付

経済協力開発機構(OECD)の加盟諸国では国内総生産(PIB)に対して平均0・5%の司法関連経費なのに、ブラジルは2%も出費していると報じるエスタード紙電子版12月3日付

【井戸】やってくれましたねぇ、11月末の最高裁判事給与16・38%アップ。月額3万3700レアルから3万9300レアル。イタタタタ。
【深沢】そのわりに、教育部門への予算なんかは全然増えていない。
 特にブラジルの場合は、大学とかの高等教育には教育関係予算の70%がまわっていて、初等教育には30%しか使われていない。経済協力開発機構(OECD・伯国は未加盟)加盟諸国と比較しても、ブラジルが初等教育に使っているお金は最低レベル。
 だけど、大学教育に使っているお金はポルトガルやスペインとかわらない。こうした状況はいびつだよね。やはり国内経済格差の是正のためには本来、基礎教育をもっと充実させる事が一番大事なこと。
 それは皆分かっているんだけど、発言力の大きい大学教授なんかのインテリ層は、『大学の予算減らします』と言ったときに大反対する。
【美代】人種ごと(黒人と褐色人、インディオなど)に大学に入れる枠や、公立校出身者専用の枠(コッタ)を作ったじゃないですか。
【深沢】優秀な公立大学はほぼタダで優遇教育が受けられる。でも、そこに入学するのは、貧乏人の子どもには無理。金持ちの子どもじゃないと十分な基礎教育が受けられないから。結果的に、金持ち優遇の教育政策になっている。それを是正するためにコッタを作ったというのが表向きの理由。
【美代】そう、あれが大失敗だったね。あれが教育の現場では大問題になっているんですよね。
 つまり、コッタを推進したPTは「たとえば、大学の医学部に入れてしまえば医者が出来るんだ」、「貧しい人でも大学に入れてしまえば、大卒者ができるんだ」との発想でやっちゃった。
 特に医学部なんかは入ってからの金のかかり方が凄いんですよ。そして下駄履かされて入ったはいいけれど、ついていけない人が続出しているんですよね。
 入った後に政府が生活まで補助しないと、生活すら成り立たない。当然、厳しい医学部の勉強にもついて行けない。あるいは、教科書も政府が買ってあげないと買えないとかね。そんな状態で中退する人がいっぱいでてきて。教育の質がドンドン落ちちゃった。そんなだから、コッタが大失敗だというのは目に見えてきている。

OECD諸国に比べるとブラジルは最低額しか初頭教育に投資していないが、高等教育(大学)には先進国並みに出費していると報じるBBCブラジル電子版2017年7月12日付

OECD諸国に比べるとブラジルは最低額しか初頭教育に投資していないが、高等教育(大学)には先進国並みに出費していると報じるBBCブラジル電子版2017年7月12日付

【深沢】それに、コッタ以前はあまりブラジルの日常生活では感じられなかった「人種の違い」という意識を、純粋な思春期の若者に刷り込んでしまった感じがする。それまであまり先鋭でなかった人種差別の意識を、明確にしてしまったというか。
 社会格差の是正をするのに一番いいのは、もっと初等教育に投資することだと思うよね。基礎教育の部分の知識格差を是正すること。それによって、貧しい層の子どもでも平等に、年相応の学力を身につけられる教育環境にする。そうすれば、お金持ちの家かどうかと関係なく、誰でも等しく学力を磨け、相応の大学に入れ、相応しい就職につながる。それが一番自然な王道じゃないかな。
【美代】さっき言ったように大学教育を受ける人が多くなってきたでしょ? それは、『どんどん大学にいれてやれ』ってやってきたからだけど、それじゃあもうだめ。
【深沢】大学進学者が多くなってきたとはいっても、まだまだ若者の総人口の17%しか大学に行っていない。それらの人々に教育予算の70%が使われるのはいびつだよね。それよりも初等教育のところをしっかりとやって、論理的に物事を考えて、お金の計算もできるような人たちを育てていく政策が必要だよね。優秀な労働者育成という意味でも。
【美代】おそらくその辺の教育政策は、新政権で多分変わる。でも、初等教育や中等教育の管轄は地方自治体だから。
【深沢】でも連邦政府として、なんらかのガイドラインを出すとか、教育の補助金を出すこととかは出来るはず。
【鈴木】でも、ただでさえ、地方自治体が国に膨大な借金を抱えている状態です。
【深沢】サッカーW杯や五輪なんかやっている場合じゃなかったね。
【鈴木】しかも、それに汚職が加わりましたから。

▼新政権の最大の難関は社会保障改革か

ロドリゴ・ジャノー前連邦検察庁長官(Foto: Elza Fiúza/Agência Brasil (23/20/2015))

ロドリゴ・ジャノー前連邦検察庁長官(Foto: Elza Fiúza/Agência Brasil (23/20/2015))

【美代】やっぱり財政の問題に関しては年金制度改革しかないよね。自治体の現役職員の給料にしたってそう。本当は歳入に応じて歳出が決められなきゃおかしい。
 でもこのランクの公務員はこれだけ、って決まっちゃっているから、歳入が追いついてこなければ立ち行かなくなるのは当たり前だよ。
【深沢】社会保障改革の最大の難関は、この公務員の年金だよね。公務員は猛烈に改革に反対で、実は、一番貰っている司法界も反対なんだよね。で、17年はテメル大統領(民主運動・MDB)が2回罷免されかけたよね。
【井戸】ロドリゴ・ジャノー連邦検察庁長官(当時)の告発です。
【深沢】あれもジャノーが公務員を代表して、社会保障改革を止めようとしてやったんじゃないかって邪推したくなるよ。『歳出上限成立! 労働法改革成立! 次は本丸の社会保障制度改革!』ってタイミングでのジャノーの告発だったからね。なんか裏を感じちゃうよ。
 罷免を阻止するために、テメルは議員たちに譲歩しまくって、金も政治力も全部使い切ってしまった。告発を阻止し終わった頃には、社会保障制度改革を実行する政治的体力は残っていなかったからね。
【井戸】ジャノーの告発寸前は、かなり踏み込んだ、財政の負担を相当減らせるような社会保障改革案が、委員会も通っていたんです。下院の60%、308票のとりまとめも現実的だった…。
【美代】年金制度の改革で一番影響受けるのは公務員。だけど、反対する人の手法として『庶民が一番損をするんだ! 許せーん!』って煽るんだよね。
 それを聞いた庶民も感情的に反応しちゃう。巧妙ですよ。「そうじゃないんだよ」って理性的な判断をする力を養うには、まさしく教育が鍵。
【井戸】多くのブラジル国民は今、生活が苦しい、何とかしてほしいって思いです。社会保障制度改革って、ゴールのようでゴールじゃないんです。
 社会保障制度改革実行→国の財政健全化→国債格付けや国外投資家からの信用も回復→ブラジルに投資資金が入る→伯国内の企業の業績が回復→雇用増進→労働者の給与もアップ→国民ハッピーまでいかないと。
 差別的な暴言や、銃規制緩和を言ったりとか、色々問題はあるにしても、とりあえず今ボウソナロへの期待値は最大。ただ、早く何とかしてくれないと、国民のフラストレーションは大きいです。時間的猶予は全然ないと思います。

▼「一番仕事をした大統領」になりそこねたテメル

歴代大統領の写真ギャラリーに加えられたテメル大統領(Wilson Dias/Ag. Brasil)

歴代大統領の写真ギャラリーに加えられたテメル大統領(Wilson Dias/Ag. Brasil)

【井戸】僕はボウソナロには、大統領になったからには、伯国のために良いことをして欲しい。自分に知恵がないなら、政策立案はゲデスに丸投げでもなんでもいいです。ボウソナロは就任直前の今は〃我が世の春〃を謳歌していますけど、時間的猶予が少ない事を自覚して欲しいです。
【深沢】俗に言う『新政権とメディアのハネムーンは100日』だね。
【井戸】今はボロボロのテメルですら、大統領になった直後は、国家の歳出を強制的に制限する歳出上限法を通した。これは憲法改正にかかわるから、議会の60%の賛成必要だったのに成立させたんです。ボウソナロもスタートダッシュで社会保障改革をやってもらいたいと祈っています。
【鈴木】それをやるだけの力は今のボウソナロには無いかも。
【井戸】え――っ、就任直後に無かったら、後になったらもっと難しいじゃないですかー(涙)
【美代】テメルは、就任した直後から『再選は考えない』って腹くくってた。再選を考えると、社会保障制度改革のような不人気政策はできない。再選を考える必要がない、稀な政権だったからこそ、もっとやってほしかったね。
【沢田】社会保障制度改革までできていたら、人気は最悪でも「史上一番仕事した大統領」って評価を後々得られたかもしれかった。
【美代】テメルは議院内閣制なんてことまで狙っていた。出来ていれば凄まじい政治改革だよ。大統領制と比べたメリットは大きい。議院内閣制なら、常に最大の議会勢力から首長が選ばれる。議会勢力の中で大統領の派閥が少数派になる「ねじれ議会」にならない。
 今のような大統領直接選挙の制度だと、『国民は選んだかもしれないけど、俺はしらねえ』って、議員が大統領を小突き回しちゃうんだよ。
【深沢】国民の支持はあっても議会の支持はないってことになりがち。今回もそうなってしまうのかも。コーロル然り、ジウマ然り、その辺がボウソナロはどうなのか、年明け半年くらいには見えてくるかも。
【美代】世の中の方が政治より先に変わってくると、僕は期待している。
【深沢】なんか、締め的に、いい感じの一言だね(笑)。では、ということころで今回は終わりにしましょうか。
【一同】パチパチ――。

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