第10回:地震への迅速な対応を指南してくれるのは… 被害予測もできれば素早く活動へ

倒壊など地震時の被害がわかれば大きな効果があります(写真は2018年の北海道胆振東部地震で倒壊した厚真町の家屋)

■予知が可能なら発生時の被害予測も可能?

実験室レベルではあるものの、AIを使えば地震の発生を予知できる可能性はあるらしい。前回はそんな話を取り上げました。地震の予兆となる音響パターンをコンピューターに学ばせれば、その前兆を捉えられるようになるというのです。

すると、次に考えたくなるのは「どこでどれだけの被害が生じ得るのかをAIで知ることはできないか?」ということでしょう。つまり、地震が発生した際に「AIを使えば被害の大きさをピンポイントで特定し、対応の優先順位を瞬時に割り振り、人命が失われる前に救助し、二次災害の拡大を防ぐことできるのではないか?」という少し欲張った望みを抱きたくなるのが人情です。

世の中は広いものです。そんな筆者の勝手な思惑も、すでにその実現に向けて研究が進められているというから驚きです。今回はいざ地震が発生した際に、消防などが迅速に被災現場でかけつけ、すばやく活動できるようにAIを活用するための研究が行われているケース(下記参照)を覗いてみたいと思います。
https://www.npr.org/2018/04/20/595564470/betting-on-artificial-intelligence-to-guide-earthquake-response

これはカリフォルニアのOne Concernという新興企業が手掛けている研究で、いわばAIベースの初動ナビゲーターと言ってよいものです。人間の手で恣意的に被害の大きさや種類を数値や図でプロットするだけならこれまでの地震シミュレーションと変わりはありません。あらかじめさまざまな想定を決め、それに沿って計算するだけなので、あくまで机上の静的な予測でしかありません。

ところがこのAIは、実際に地震が発生したとき、リアルタイムでどの場所がどれだけの被害を受けるのかをAIのアルゴリズムを使ってダイナミックに予測し、災害対応のプライオリティを知ることを目指しています。米国では地震や洪水、サイバー攻撃、その他の大規模自然災害の予測にAIや機械学習を導入した研究をしている企業がいくつかあって、One Concernもそうした企業の一つだそうです。

■カギとなるのは3つのデータ

この企業の最高技術責任者は、AIを地震対応に役立てるためのカギは、コンピューターに3つのカテゴリのデータを入力することだと述べています。

その一つは、建物に関するデータです。街中にはビルや住宅、その他の多種多様な建物があふれています。これらが、いつどのような材料を使って建てられたのか、地面が地震で揺れた際にどの程度被害を受けたり倒壊したりする可能性があるのかといったことを入念に調べるのだそうです。今の日本などは、人の住む家の隣に打ち捨てられた空き家があったりして、それが増えて問題となっていますが、こうした無用の建物も一軒一軒調べるのでしょうか。

次のカテゴリは、自然環境に関するものです。建物の下がどんな性質の土壌でどのくらいの高度に建っているのか、湿度はどのくらいかなどのデータを指します。日本の住宅地などは山を削り、あるいは谷や湿地、沼地を埋め立てて、きれいに整地した人工的ともいえるような自然環境が無数にあります。こうした特性は自然環境のデータと言えるのかどうかはわかりませんが、AIならうまく処理してくれるのでしょう。

最後のカテゴリは、地震発生時のリアルタイムデータです。例えば、地震の大きさ(マグニチュード)や発生エリアの交通状況、天候などがこれに当てはまるとのこと。もし大地震と集中豪雨、そして通勤時間帯と重なったら、想像を絶する事態になることが考えられますが、AIはそうした「想像を絶する事態」を考慮した被害までも予測してくれるのでしょうか。

いずれにしても、コンピュータはこうした特定の地域の特定の条件のもとで発生する地震を予測し、それと実際に起こった過去の地震のデータと比べながら、機械学習を通じて徐々に精度を上げていく仕組みであると、この記事は述べています。

■新しいモデルの完成はそう遠くない

One Concernのアドバイザーでスタンフォード大学の地震エンジニア、Gregory Deierlein氏は、「数年後には新しいモデルが登場するだろう」と述べており、この研究が実証的な段階に入っていることを示唆しています。もちろんその中身は他の新興企業と同様、十分には明らかにはなっていません。企業秘密だから止むを得ないのでしょう。

とは言え、中には同社のAI技術を早く役立てたいと考えている人もいます。例えば、サンフランシスコ近郊には32平方マイルの地域を管轄する消防署がありますが、同署の署長Dan Ghiorso氏はこの研究に大きな期待を寄せています。なにしろこの消防署が建っている場所のわずか数百フィート下にはサンアンドレアス断層が通っているというのですから。

署長の心情として、街を救う消防署自体が被災したら困るなあという心配もあるかもしれない。しかし何よりも最大の懸念は、地震発生後の混乱と無秩序の街の中から、いかに緊急性の高い場所をピンポイントで特定し、機敏に対処できるかという点にあることは言うまでもありません。

米国も日本も同じと思いますが、通常地震が起こると、どの地域が最も大きな被害を受けた可能性があるのかを過去の経験(土地勘とも言える)やいろいろな情報を頼りに推測したり、実際に消防署に入ってくる膨大な被害情報を待ったなしでさばいたりする手腕が求められるでしょう。そして、がれきが行く手を阻む中、実際にあちこち車で移動しながらこの目で現場の状況を確認するしかないのが実情です(もっとも最近は被害探査用のドローンが活躍し始めてはいますが)。実際の地震をもとにしたテストを地道に繰り返している段階とは言え、この新しいソフトウェアが実用化されれば、まったく新しいアプローチを切り開いてくれることは間違いありません。

(了)

© 株式会社新建新聞社