「サッカーコラム」情熱が新たな戦術を生み出す 高校の指導者から学ぶべきこと

3日の大津戦でロングスローを投じる青森山田・沢田=等々力

 人はスポーツのどこに引きつけられるのか。答えはそれぞれにあるだろう。とはいえ、競技レベルの高さが絶対条件でないことは確かなようだ。このことは、年末年始に開催されているサッカーやラグビー、バスケットボールなどの大会が証明してくれている。なぜなら、その全てがトップレベルではないにもかかわらず、見る者の心は揺さぶられるからだ。

 選手たちはまず、自分自身のために戦う。それが昇華して「チームのために戦う」という段階に達すると、本来持つ実力以上のパフォーマンスを見せることがしばしばある。

 例えば、陸上競技の「駅伝」。本来は個人種目の長距離走が、チームで戦う「駅伝」になると選手たちはチームを象徴する「たすき」をつなぐために懸命に頑張る。もちろん、それは良いことばかりではない。無理した結果、故障してしまう恐れがあるからだ。中には、そのことで選手生命を短くしてしまった選手も少なからずいる。それでも、限界までエネルギーを振り絞る選手たちの姿に多くの人が感動を覚えるのは、選手たちの気持ちが伝わってくることに加え、個を犠牲にして集団に尽くすチームスポーツが私たち日本人の国民性に合っているからに違いない。

 1年の始まりには決まって、全国高校サッカー選手権を見ることにしている。改めて気づくこと、気づかされることがあるからだ。何より、Jリーガーのうまさを再確認できる。そして、ひた向きな若者たちのプレーに感動をもらえる。それだけではない。職業柄、冷めた目で見ることもあるサッカーを純粋に楽しめるので驚かされることが多いのだ。

 昨年末に始まった同選手権。1、2回戦では大差のつく試合もあったが、そこを勝ち上がってきたチームは一昔前よりはかなりレベルが上がっている。大人に近いという印象だ。前線からのプレスが登場したばかりのころは、守備に関してはいいのだがそれを打ち破れる攻撃のアイデアを持っているチームは少なかった。しかし、今大会はプレッシャーを受けながらもそれをかい潜る攻撃の手段を持っているチームが多い。

 底上げに大きな役割を果たしているのは、いうまでもなく指導者たちだ。高校サッカー界をリードしている指導者というのは、Jリーグが始まる以前から自分の生活を犠牲にして、生徒たちの成長にすべてをささげてきた人たちがとても多い。中には“こわもて”の人もいるが、情熱あふれる彼らは心から尊敬できる存在だ。

 2―1で青森山田(青森)が逆転勝ちした矢板中央(栃木)戦と、1―0で流通済大柏(千葉)が秋田商業(秋田)を下した準決勝の2試合を見たが、4点全てがロングスローから始まったプレーから生まれた。高校サッカーを普段から見ている訳ではないので、この流行は知らなかった。それでも、ビッグチャンスが生まれるのはいわゆる組み立てからではなくロングスローからだった。

 リーグ戦とは違う、負ければ終わりの一発勝負。しかも、準決勝までは90分で決着がつかなければ、すぐにPK戦となる。そのような高校サッカー独特のレギュレーションの中で、このロングスローによる攻撃は生み出されたのだろうが、得点率の高さを考えればやらない手はないだろう。

 もちろん、それには“特異”な能力を持った選手が必要となる。ロングスローは誰でもできるものではない。だから、青森山田の沢田貴史、矢板中央の後藤裕二、流通経済大柏の熊沢和希はまれなスペシャリストだ。

 同じセットプレーのロングスローとコーナーキック(CK)。見た目はさほど変わらないのに、なぜロングスローからの得点率が高いのか。それは手で投げるロングスローの方はキックに比べるとボールの勢いが弱いからだ。

 かつて、「トヨタカップ」と呼ばれる大会が毎年12月に東京で行われていた。現在のクラブワールドカップ(W杯)の前身だ。欧州と南米のクラブ王者が対戦して「世界一」を決めるもので、正式名称は「インターコンチネンタルカップ」という。

 1988年のトヨタカップで対戦したのが、フェイエノールト(オランダ)とナシオナル(ウルグアイ)。フェイエノールトの1点目となったロマーリオ(ブラジル)のゴールはロングスローを起点としていた。ベルギー代表のゲレツが左ライン際から入れたロングスローはイージーボールに見えた。だが、ナシオナルのGKセレがそれを取り損ねてしまったのだ。

 足で蹴ったボールは勢いがあるがゆえに、GKの手にうまく収まってくれる。逆に、勢いがないボールはキャッチしづらい。だから、GKがクロスを取る感覚でいくとミスすることが多い。同じようにCKなら簡単にヘディングで跳ね返すことができるボールも、ロングスローだと力がないのでヘディングでクリアしても距離が出ない。同じことはGKのパンチングにもいえる。このことを攻撃側から見ると、相手の危険エリアに落ちたボールを素早くフォローすれば得点の可能性が高まることを意味している。

 このロングスローは、勝利の確率を高めることを突き詰め続けてきた指導者たちの努力がなければ生み出されなかったに違いない。それを考えれば、日本のサッカーには、まだまだ勝つための手段が残されている気がする。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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