地元の誇りが大惨事の火元に 『世界一と言われた映画館』と『カタストロフと美術のちから展』

映画『世界一と言われた映画館』の観客がメッセージを貼ったボード=東京・有楽町スバル座

▼ドキュメンタリー映画『世界一と言われた映画館』(佐藤広一監督<山形県出身>)の全国順次公開が始まった。山形県酒田市にあった「グリーン・ハウス」(1949~1976年。以下「GH」と表記)という名の洋画専門館を、映画評論家の故・淀川長治さんは「世界一」と評したという。何がそれほどすごかったのか、往時を知る人々の証言を集めたのが今作だ。映画館で映画に浸る喜びを知る者ならば、見ずにはいられない。ただ、GHの特異な点は「世界一」ともう一つ、酒田大火(1976年)の火元となってしまったことである。

▼GHは、酒造会社を営む地元の名家が、ダンスホールを改装してオープンさせた。開館翌年、その名家の長男で弱冠二十歳の佐藤久一さん(さとう・きゅういち。1930~1997年)が支配人となり、デラックスでおしゃれな場へと育て上げた。道路からの導入路はタイル敷きで、バッグやアクセサリーのショッピングウィンドウを設け、入口は当時まだ珍しい回転扉。特撰豆のコーヒーを供する喫茶室から芳香が漂い、女性用トイレは驚く豪華さ。スクリーン前は生花で飾り、左脇には白い女性像、右脇には大きな生け花。2階にはガラス張りの特別室や、一服しながら見られる喫煙室。いよいよ上映の時となれば、ブザーやベルの代わりに、ジャズのゆったりとした『ムーンライト・セレナーデ』が流れる…。

▼余談だが今話題の映画『ROMA/ローマ』(アルフォンソ・キュアロン監督。Netflixで配信中)に登場する映画館にも、スクリーン脇に人物彫刻を見ることができる。舞台は70年代のメキシコ。

▼佐藤久一さんという人は、映画館へ行く喜び、映画に浸る喜びを最大限に味わってもらうため、浮かぶアイディアを次々に実行していったようだ。だが1964年には演劇に関心を移して、東京の日生劇場に3年間勤務。67年に酒田に戻ると今度はフランス料理店を手掛け、食通を自負する著名人がその店で食べるためだけに遠方から訪れるほどになったという。

▼67分間の映画を見終えると、GHがどんな映画館だったのか、もっと知りたくなった。館に入るとどんな景色だったのか、再現CGで疑似体験したいと願えば贅沢すぎるが、地元の人と違いGHを知らず、何も共有していない者からすると、情報がもっと欲しい。

▼鑑賞後に購入したパンフレットには詳細な説明付きの館内見取り図があって助かった。さらに、今作の製作に助言したという岡田芳郎さんの著書『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(講談社、2008年)が好著だ。「誰々はこれこれと語る」と説明する形式ではなく、関係者への丹念な取材を基に、久一さんを主人公とする一本の詳細な物語を編んである。理想のフランス料理店を追究し続ける久一さんの熱、熱に引かれる周囲の人々、女性との関係、採算度外視ゆえに迎えてしまった晩年の境遇までが、ライブ感のある描写でつづられている。岡田さんは東京出身で、電通を定年退職後、久一さんの死後に彼のことを知って興味を引かれ、門外漢として酒田へ取材に赴いた。

▼映画『世界一と言われた映画館』と、岡田さんの著書には、GHや久一さんの生きざまを単に伝えるだけでなく、もう一つの役割・作用がある。酒田大火という大惨事の火元となり、表だっては語られなくなってしまった映画館・人物についての、地元の人々の記憶を記録し、共有できるようにしたことだ。

▼酒田大火は1976年10月29日午後5時40分発生。折からの強風にあおられた火は、市中心部の商店街22万5千平方メートル、1774棟を焼き尽くし、消防組合消防長が殉職した。家も家財も失った人や、近しい人々の中には、今も心晴れない人が少なくないことは、想像に難くない。筆者の頭の中で映画とある美術展が結び付いた。

▼東京・六本木の森美術館で『カタストロフと美術のちから展』が1月20日まで開かれている。カタストロフ(大惨事)を美術はどう表現するのか、大惨事をきっかけに生まれた美術作品とは、を軸に約40組によるアートが展示されている。壁が崩落した建物を、段ボール様の軽い材料で表したインスタレーションから始まる。堀尾貞治さんが阪神大震災直後から何枚も描いた『震災風景』シリーズは、写実ではなく心象の被災地をぶつけたような絵だ。アーティスト集団Chim↑Pomが東日本大震災後、防護服を着て福島第一原発近くの展望台へと向かった映像、東日本大震災後に池田学さんが3年がかりで描いた大作絵画『誕生』、米国のアーティスト、スウーンさんが自身の家族の暗い過去やトラウマを表したインスタレーションなどが並ぶ。写真家・米田知子さんの連作は阪神大震災から約10年後の神戸を端正に写した。ごく普通の風景とも言える1枚1枚に『空地II 市内最大の被害を受けた地域』『教室I 遺体安置所をへて、震災資料室として使われていた』といったタイトルがあった。

▼鎮魂、癒やし、希望、異化、抵抗―。各人各様のアートの中に、映画『世界一と言われた映画館』と岡田芳郎さんの著書が並んでも、と感じる。映画に登場する証言者の一人、酒田出身の歌手・白崎映美さん(バンド「上々台風」)は、実家をあの大火で失ったにも関わらず、「それはそれとして」とGHへの思いを笑顔で語っていて、胸の奥が震える感覚がした。

▼東京・有楽町スバル座での公開初日、佐藤監督と登壇した岡田さんは、著書の読者から劇映画化を望む声があったと語った。もしも実現したなら、久一さんを演じてほしい俳優として、講談社の担当者は佐藤浩市さんを挙げ、岡田さん自身の案は福山雅治さんなのだという。かつて山形放送がラジオドラマ化したことがあるそうで、その際、久一さんの声を務めたのは昨年急逝した大杉漣さん。今回の映画のナレーションは、大杉さんが生前に吹き込んだ。

▼スバル座ロビーにはメッセージボードが置かれ、第1回上映直後から、付箋に思いをしたためて貼っていく人たちが相次いだ。女性が貼ったとおぼしき最初の一枚には、「グリーンハウスは、私の青春そのものでした」と書かれていた。

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第119回=共同通信記者)

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