【吉田選手引退 特集】
日本の女子レスリングを支え、五輪や世界選手権を合わせて16大会連続優勝した吉田沙保里選手が10日、都内で引退会見した。33年のレスリング人生に自ら幕を下ろし、次のステップに歩む思いを率直に語った。パワハラ問題で揺れた昨年の女子レスリング界の問題を含め、あらゆる質問に誠実に答えようとする吉田選手の姿勢に感動を覚えた記者も多かった。会見後、報道席から自然に拍手がわいた。(共同通信=柴田友明)
【特集】
銀メダルが私を成長させた
吉田選手は引退表明したときにツイッターで17個のメダルの写真を投稿した。それに関連して「どのメダルが一番印象でしたか」と尋ねられたとき、頂点を極めたアスリートならではの答え方だった。
「難しいですね。どれも世界の舞台で活躍でき、印象に残っている。でも最後のリオ五輪で負けて、2番目の表彰台に立ち、負けた人がどういう気持ちかよく知ることができた。リオの銀メダルが私を一番成長させてくれた」
筆者は、さまざまな方の引退会見を取材してきたが、吉田選手のこういう答えは正直こころにしみた。以下、会見でのやりとりです。
レスリングがあったから…
―(昨年12月、全日本選手権)目の前で伊調馨選手を見守った。心は動かなかったのか。
「幼いころから自分は自分、人は人と教えられてきた。自身はやり尽くしたという思いだった。伊調馨さんはすばらしい選手、(東京五輪目指すと聞いて)馨、本当にすごいと率直に思った」
―(亡くなった)お父さんにはどう報告しますか。
「引退会見するとは(天国の)父は思っていなかったのでびっくりしているのでは。天国から『よく頑張った』と言ってくれると思う」
―次の夢は?
「レスリング以外のこともやっていきたい。女性としての幸せは絶対つかみたい。東京五輪を盛り上げていけたらなという思いも強い」
―吉田さんにとってレスリングとは?
「人生の一つ。レスリングがなかったらここまでこられなかった。いろんな人に出会ったのもレスリングのおかげ」
―栄和人元監督はどんな存在でしたか。引退について報告したときはどうでしたか。
「3歳から高校まで自分の父に育てられ、大学から栄監督に出会った。情熱のある指導者で、感謝の気持ちでいっぱい。『そうか、ご苦労さん、おれが泣きそうだよ』と(答えてくれました)」
―レスリングは昨年、パワハラ問題に揺れた。
「世界で活躍できる選手に育ててくれた栄監督と、ともに頑張ってきた仲間がああいう状況になったことはショックだった。東京五輪に向け、一つになって頑張っていかないと」
―リオ五輪後に涙して、お母さんが「霊長類最強と言われても私にはかわいい娘」と言ってました。お母さんとのやりとりは。
「母に伝えた時、『あなたが決めたことだから、それでいいと思うよ』『本当にご苦労さま』と。何でも話せる姉妹のような母です」
【特集】
やわらの系譜
現役続行約1年半後の東京五輪を目指すかどうか悩んだことも吐露した吉田選手。「本気になったらという思いはあったけど、気持ちの部分が追い付かない状態で、やり尽くした思いが強かった」「若い子の勢いを感じ、バトンタッチしてもいいのかな」と総括した。
2012年にロンドン五輪後の世界選手権10連覇で史上初の13大会連続世界一となり、「人類最強」と呼ばれた男子レスリングのアレクサンドル・カレリン(ロシア)を超えた。筆者は、カレリンが4連覇を目指したシドニー五輪(2000年)の会場で銀メダルに終わった瞬間を手に汗握り見たが、今回の吉田選手の会見はそれ以上の気持ちの高ぶりを覚えた。
会場では日本レスリング協会の福田富昭会長の「吉田沙保里さん、ご苦労様」というタイトルの文章も配られた。「オリンピック3連覇を達成し、国民栄誉賞を受賞した沙保里さんのネームバリューが、全国民の関心を引きつけました」とつづられていた。福田氏は「日本レスリング界の父」故八田一朗氏の薫陶を最も強く受けたと言われる。
その八田氏は柔道の創始者、嘉納治五郎氏の弟子でもあった。吉田選手が引退会見で、あこがれの選手は女子柔道、五輪金メダリストの谷亮子さんと答えたのも何かしら因縁も感じる。(共同通信=柴田友明)
(参考に五輪史をテーマにしたNHK大河ドラマ「いだてん」特集記事も掲載)