憲法の骨抜きあらわに 「ゴーン劇場」が示したこと

勾留理由開示(上)

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佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

 本州の北辺・下北半島で育ちました。子どもや若者のこと、生きもの(動物園・水族館)について長く取材してきました。なので、軽視されたり無視されたりしがちな存在、人権のないものへの共感も少しはあります。 

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カルロス・ゴーン容疑者

 法廷にいた人たちに疑問や不満はなかったのだろうか。カルロス・ゴーン日産前会長の勾留理由開示の法廷のことだ。

 憲法に根拠を持つ重要な人権保障の手続きだが、報道を見る限り、無実を訴えるゴーン前会長ばかりがクローズアップされた。

 勾留理由開示という看板に偽りがないなら、この法廷の主役は明白だ。勾留を認めた裁判官である。その人が語る主題は「勾留を認めた理由」でなければならない。では裁判官は何をどのように語ったのか。

 映像の中継はないから、新聞各紙を読み比べた。ところが主役であるはずの裁判官の姿は、ゴーン前会長の陰に隠れ、なかなか見えてこない。

 裁判官に関連した記述で比較的詳しいものを拾ってみる。まず読売新聞1月8日夕刊1面。

 ― 多田裁判官はこうした容疑を説明した上で、勾留理由について「事件の内容や性質、被告の供述などから、被告が関係者に働きかけて証拠隠滅を行う恐れがある」と説明。「国外にも生活拠点を置いていることから逃亡の可能性も疑われる」とも述べた―

 裁判官の説明は形式的だ。さらなる追及にはどう答えたか。朝日新聞夕刊の1面。

 ―一方、ゴーン前会長の弁護人は多田裁判官に対し、逮捕容疑について損害を与えたと疑う根拠などを明らかにするよう求めたが、多田裁判官は「捜査中の事件でもあるので、明らかにできない」と答えた―

 各紙とも主役と主題はそっちのけで、ゴーン前会長の陳述に多くのスペースを割いている。中にはゴーン前会長の陳述全文を掲載した新聞もあり、無実を訴える「ゴーン劇場」のおもむきを呈した。

 ここで法の原則を確認したい。憲法34条を引く。

 「何人も、理由を直ちに告げられ、かつ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留または拘禁されない。また、何人も、正当な理由がなければ拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人およびその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない」(一部の漢字を平仮名に、旧仮名遣いは現代新仮名遣いに改めた)

 後半の「要求があれば、その(拘禁の)理由は、直ちに本人およびその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない」という文言が、勾留理由開示の直接の根拠となっている。これを受けて刑事訴訟法82条から86条は、請求者の範囲などを定めた。開示法廷の内容については84条が次のように規定する。

 第1項 法廷においては、裁判長は、勾留の理由を告げなければならない。

 第2項 検察官または被告人および弁護人ならびにこれらの者以外の請求者は、意見を述べることができる。

 これを見て、今回の勾留理由開示の手続きは何の問題もないという人もいるだろう。

 だが裁判官が告げたという容疑事実は、この事件に多少関心を持つ人なら誰でも知っている内容だ。逃亡や証拠隠滅の恐れというのは、勾留の要件として同じ刑訴法に定められている事項そのものである。裁判官がそのように判断していることは、勾留を認めたという事実から明白なのだ。

 憲法がわざわざ、公開の法廷で勾留理由開示を行えと指示したのは、そんな形式的なことをさせるためではない。当該事件について具体的に、なぜ容疑があると判断したのか、どのような事情から証拠隠滅や逃亡の恐れがあると認定したのかを示さなければならない。

 少なくともゴーン会長が無実だと力説したのだから「いや、あなたの容疑性は相当高いですよ」などと反論し、最低限の根拠を示さなくてはならないだろう。それが憲法の求めていることだと思う。

 「逃亡の恐れがある」というのも、常識的に見ておかしい。あれだけ有名で顔も知られている人が逃げ隠れできるだろうか。もし自由を取り戻したら、ルノーのトップとして、あるいは日産の取締役として、まず権力闘争に決着をつけようとするのではないか。

 そのような当然の疑問に裁判官は一切、答えなかった。

 勾留理由開示の手続きは司法官僚によって骨抜きにされ、一般的にこのような形で虚しく行われている。この手続きを知らなかった人も多いはずだ。制度が形骸化しているから、使う人がほとんどいない。勾留された人に、弁護士がこの権利があることを伝えないケースさえあるという。

 読売新聞の1月8日夕刊社会面が、今回のいきさつを伝えている。年末に弁護士がこの手続きを提案し、ゴーン前会長が「そういう制度があるなら利用したい」と意欲を示したという。

 3回目の逮捕まで制度を知らせていなかったことには疑問を持つが、それでも利用できて良かった。

 社会から隔離されていたゴーン会長が、人々に向けて自分の言葉で無実を訴えることができたから。そして私たち市民にとっては、日本の刑事司法の問題点がまた一つ、はっきりと示されたから。(47NEWS編集部、佐々木央)

萬平さんも屈した 勾留理由開示(下)