肥前最大の四面廂建物跡 大村・竹松遺跡発掘調査

平安~鎌倉期 豪族の居館か、中国陶磁器も

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 長崎県大村市教委は11日、九州新幹線長崎ルート建設に関連したJR大村線の在来線新駅(大村市宮小路3丁目)の整備に伴う竹松遺跡の文化財発掘調査で、平安時代末期の11世紀末から鎌倉時代末期の14世紀にかけて存在したとみられる大型建物3棟の跡地を発見したと発表した。3棟のうち2棟は、母屋の東西南北すべてに廂(ひさし)が付く四面廂(しめんびさし)建物で床面積が100平方メートル超。竹松遺跡一帯を長期にわたって統治していた豪族の居館とみて調査している。
 市教委によると、当時の廂は雨を防ぐためではなく、床面積を広げるために付けられていた。廂がある建物は格式が高く、寺院や豪族の邸宅に使われるという。同遺跡ではこれまでにも四面廂建物の柱穴が見つかっているが、床面積が100平方メートルを超えるのは珍しく、佐賀、長崎両県にまたがる肥前地方では最大。同遺跡で発見された四面廂建物は計5棟となった。
 今回の大型建物跡は同じ場所で2回建て替えられており、60年から100年ほど存続していたと考えられる。このうち1期(床面積約83平方メートル)は母屋(もや)の南北に廂が付いた二面廂建物。床を支える束柱(つかばしら)の跡があることから、総床張りだったと考えられる。
 2期(同約120平方メートル)と3期(同約104平方メートル)は四面廂建物で、特に2期の柱穴からは12世紀中ごろの中国産陶磁器が多数出土しており、2期の建物が存在していた年代を12世紀中ごろから後半と推定した。
 市教委は19日午後1時半~3時、一般向けの現地説明会を開く。問い合わせは市教委文化振興課(電0957・53・4111)。

竹松遺跡で発見された大型建物の柱穴=大村市宮小路3丁目
柱穴から出土した中国産陶磁器