【検証 西日本豪雨】揺れる地域<6>農地の再生 水田水没、離農に拍車も

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 長さ約2メートルの流木が横たわる。そこだけを見れば、半年前まで水田だったとは想像できない。「あれから全くの手付かず。今年の田植えはできんね」。三原市本郷町船木の農業平田俊明さん(70)がつぶやいた。

 西日本豪雨で近くの沼田川が氾濫した。自宅前に広がる約0・6ヘクタールの田んぼは数日間、水に漬かった。トラクターや田植え機も水没した。

 平田さんが暮らす沼田川右岸の川西下地区には石や流木も流れ込み、水路が壊れた。「農地整備を一からやり直すくらい」(同市農林整備課)の被害だった。

 復旧費の大半は国から補助を受けられるが、平田さんの負担額はまだ見通せない。約40年前、周辺では約30戸が農業を営んでいた。今は平田さんを含め5戸だけとなった。「私の代でやめるわけにはいかないが…」。コメ作りをいつ再開できるか分からず、不安を抱える。

 ▽被害額は7億円

 西日本豪雨は農地にも大きな爪痕を残した。広島県によると、県内で被災した水田は1065・2ヘクタール(2018年11月12日現在)で被害額は約7億円。県内には兼業や小規模の農家が多く、離農に拍車が掛かる可能性がある。

 「生活再建を優先したい。もう農業をやろうという気にはなれない」。船木地区の消防士福島宏尚さん(58)は、約0・7ヘクタールの田を農作業の請負業者に託すことを決めた。

 田やコンバインが水に漬かり、自宅は全壊。現在は納屋の2階で暮らす。農機具を買い直せば約200万円の負担が要る。田は父から受け継ぎ、10年間耕してきた。

 農地を託されたのは、葬祭業を手掛ける新栄商事グループ(同市)。5年前、農業に参入してから預かる田は年々増え、約40ヘクタールになった。生駒明宣専務は「農業の担当者は4人だけ。これ以上増えたら対応できるかどうか分からない」と険しい表情で話した。

 受け継いできた田を守ろうと踏ん張る人もいる。「正直、離農も頭をよぎった。でも、じいさんの代から守ってきたから気が引けてね」。東広島市黒瀬町乃美尾の農業久保一徳さん(72)は、土砂に埋まった約1ヘクタールの田を見渡した。

 ▽「支援を急いで」

 機具や土砂撤去費用の負担は百数十万円に上る。復旧に2、3年はかかる見通しだ。それでも自慢の水田を取り戻そうと決断した。「田を継ぐ人がいない。だからこそ少しでも長く自分で続けたい」

 高齢化や後継者不足を背景に耕作放棄地が増え、里山は荒廃してきた。「里山に人を辛うじてつなぎとめてきたのは、先祖から受け継ぐ農地だった」と島根県中山間地域研究センター(飯南町)中山間地域支援スタッフ調整監の曽田浩二さん(52)は指摘する。

 災害は里山の荒廃を進める契機になり得る、と曽田さんは言う。1963年の大雪「38豪雪」が、中国山地の過疎化に拍車を掛けたように。「特にお年寄りの農家には自力復旧の体力がない。支援を急がなくてはいけない」。被災した農地の再生は時間との闘いになっている。

「この高さまで水が来た」。枯れた稲や流木が残る田で被災当時を振り返る平田さん=3日、三原市本郷町船木