コラム凡語:割れた茶碗

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 「きれいに直ってるやろ」。上座から回ってきた黒茶碗を手にしたとき、お点前を続ける亭主から話しかけられた。先日、京都市内の茶家で開かれた初釜でのことだ▼ほの暗い茶室でためつすがめつ眺めると、注意しなければ気づかない、かすかな変化が見てとれた。聞くと、昨年の初釜の席中、ぱかっと二つに割れたのだという▼濃茶席の主茶碗として毎年用いられるこの茶碗は、樂家三代道入作とされ、350年以上の時を経ている。焼き物は、どんなに大切に扱っていても壊れることはある。経年変化も避けられない▼「道具は使ってこそ生きる。もうそろそろかと思っていた」。割れたときのことを語る亭主の口ぶりはさりげなく、丁寧につぎ直された茶碗を「これで10年は大丈夫」と笑顔で評した▼新年のあいさつを交わす初釜は、「相変わりませず」の意識が重んじられる。今年も同じ場を迎えられたことを喜び、平穏な日常の繰り返しの中で、脈々と伝統が受け継がれていく。道具の一つ一つにも、そうした思いが託される▼ニクソン・ショックや阪神大震災と、亥(い)年は過去、転換を迫られる出来事が数多くあった。今年は5月に元号が代わり、夏に参院選、秋には消費税率の引き上げも予定されている。変化の年、変わらぬ日常こそを大事に思う。