西濃地域活性化に尽力 <ぎふ財界人列伝 太平洋工業編(11)>

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 経営者は社業に加え経済団体などで財界活動に取り組む人が多い。地域の代表的企業であれば、なおさらその役割を果たす。太平洋工業社長経験者のうち3人は大垣商工会議所の会頭を務め、リーダーシップを発揮した。

 第5代会頭・小川宗一(1968~71年)、第9代会頭・小川哲也(97~99年)、第12代会頭・小川信也(2007~13年)が功績を残した。

 宗一は会頭に就任すると、まず会議所の内部体制の整備に着手。「時流に即応していないと発展も向上も望めない」が理由だった。

 活動母体の部会の再編を進め、繊維部会を繊維商業部会、雑貨部会を文化商業部会、観光部会を観光サービス部会に改称し、活発化させた。時代を見据えた会議所として、優良従業員の表彰規定制定、パートタイマー相談室の開設、都市交通と公害の両委員会も相次いで新設した。

 愛知県出身の宗一。「大垣へ来ていろんな仲間ができ異業種の人に育てられ、会社は地域に育てられ、地域にお返しがしたかったのだと思う」と、信也が心のうちを代弁する。

 哲也は会頭就任で、地域との関係などを勉強し、指針として「行動する会議所、活働する事務局」を掲げた。具体的事業として中心市街地の活性化対策、情報化の推進、地域産業基盤の整備促進、「西濃はひとつ」、会員増強などの施策を次々に打ち出した。

 信也は商工会議所会館移転にも尽力した。老朽化した会館は建て替えか、移転か。「父(哲也)が会頭の頃にも移転話があったが立ち消えになった」という懸案。「市中心部で建て替え案もあったが何十億円もの建設費がかかり、『所有から利用』へと腹を決めた」と、IT人材育成拠点のソフトピアジャパンエリアの市情報工房内へ入居する決断をした。

 「IT対応できる次世代の商議所」を目指し、ITを活用したものづくりや、中心市街地活性化事業などを行う大垣まちづくり株式会社設立などに取り組んだ。財界活動について、信也は「自社の事業がしっかりしていないとできない」とし、経営者として業績を上げていることを条件に示す。さらに「会社も地域に関わり、従業員も地域に住んでおり、『企業市民』という役割を果たさなければならない」と、考える。

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 信也は西濃財界の企業が共同支援するソフトボール女子のクラブチーム「大垣ミナモソフトボールクラブ」に深く関わる。選手を正社員として雇用してチームの運営を支援し、後援会組織の同クラブを育てる会の初代会長を2013年から務め、応援を続けている。

 ぎふ清流国体に向けて10年に結成された同クラブ。太平洋工業を含め現在11社が選手を雇用してクラブを支える「岐阜方式」が多方面から注目を集めた。

 今季は日本女子ソフトボールリーグ1部にクラブチームとして初めて参戦した。同クラブ会長を務める大垣商工会議所会頭で日本耐酸壜工業会長の堤俊彦と二人三脚で、試合会場に足を運び、声援を送った。投手中心に守備力は高いが、得点力不足が響いて1部残留はならず、2部降格。信也は「来年は『必昇再輝』をスローガンに掲げ、1年でまた1部へ戻ってこれるよう、しっかりした体制づくりを支援したい」と強い思いを胸に刻んだ。(敬称略)

商品祭であいさつする小川宗一=1968年
スインク98西濃であいさつする小川哲也=1998年
ナゴヤドームで行われたソフトボール女子日本リーグ1部の開幕戦で大垣ミナモを応援する小川信也(前列右端)と堤俊彦(同中央)=3月31日