74歳 牧師志し大学院へ 前鎮西学院長 森泰一郎さん

一度あきらめた道 「人のために」

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 「人生の終盤に差しかかり、人のために尽くしたいと思った」。諫早市の前鎮西学院長の森泰一郎さん(74)はキリスト教の牧師を目指し、昨年4月から関西の大学院で学んでいる。約半世紀の学究生活からの転身。難解なギリシャ語読解やリポート執筆、日雇い労働者らが暮らす街でのボランティアなどに没頭している。
 森さんは中高とも鎮西学院で過ごし、東京の大学、大学院で経済学を学んだ後、鎮西学院が運営する短大(現在の長崎ウエスレヤン大)で教壇に立った。地域経済学を専門とし、2002年、同大学長、15年から鎮西学院長を務めた。
 学生たちに教えたり、学務に追われたりする中で、「社会のために役立てることはないか」という思いが高まったという。学生運動に明け暮れ、一度あきらめた牧師の道が見えるまでに時間はかからなかった。「まだ若い。世のため、人のためになりたい」
 昨年3月末、同学院長を辞し、関西学院大大学院神学研究科(兵庫県西宮市)に入学した。礼拝学やキリスト教の歴史などの講義やリポート提出に追われ、夜遅くまで机に向かう日々。聖書を読むのに必要なギリシャ語は「難しくて、単語帳を作って覚えている」と苦笑いしつつ、知らないことを学ぶ充実感であふれている。
 日雇い労働者の街、大阪・釜ケ崎での実習は、未知の世界との出合いだった。路上での炊き出しに300人余りが並び、温かいスープを一人一人に手渡した。釜ケ崎で生活している修道女の言葉に心を揺さぶられた。「学問でなく、愛の実践を伴う神学でないといけない」。職業や外見でなく、人と人として付き合う。それが実践だと。
 「教授より年上の大学院生生活」は、あと2年余り。時には、現役教授から指導の悩みを打ち明けられることも。大学院修了前には、所属を希望する教団の試験に臨む。
 「神を信じているのか」-そう問われることがある。若い頃、神を認めないマルクス経済学に心酔した。今はこう答えられる。「神を想定しない社会は傲慢(ごうまん)になり、人間中心の考えだけでは戦争などの過ちを起こし、滅びていく」。神とは何か。牧師としてともに生きる人たちと考えたい。人生の新たな章を自ら切り開いている。

「知っていることを教えていた立場から知らないことを学ぶ毎日」と充実した表情の森さん=諫早市内