「サッカーコラム」日本は「非情さ」に欠ける

アジア杯、判定に救われたオマーン戦

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日本―オマーン 前半、PKで先制ゴールを決める原口(手前)=アブダビ(共同)

 初の公式戦で2連勝。国内で行ったフレンドリーマッチを4勝1分けの負けなしという順調すぎる船出を切っただけに違和感がある。アラブ首長国連邦(UAE)で開催されているアジア・カップを戦う「森保ジャパン」のことだ。真剣勝負になると、さすがに簡単に勝たせてくれないというのが正直なところだろう。

 格下と思われた第1戦のトルクメニスタンに、3―2の1点差勝利。この苦戦が良薬となり第2戦のオマーン戦では、ピリッとした試合を見せてくれるかと期待していた。

 内容についていえば、立ち上がりからチャンスを作り続けた前半は素晴らしかった。開始2分の堂安律の切れ込みから原口元気がクロスバーに当てたシュート。8分、12分、24分、26分と、立て続けに南野拓実がDFラインの裏に抜け出し、GKと1対1になった場面。これらのいずれかを決められていれば、前半の早い段階で勝負は決まっていただろう。ただ、決められなかった。オマーンGKルシェイディがあまりにも素晴らしすぎた。

 ワールドカップ(W杯)本大会出場の常連国。昨年のロシア大会でも鮮烈な印象を残した「サムライブルー」のユニホームが持つ「威光」は、アジア杯で初めて笛を吹くマレーシアのヤーコブ主審に少なからず影響を与えたようだ。サッカーの世界では、無名チームと有名なチームが対戦した場合、有名チーム寄りの判定が出ることがよくある。この試合はまさにそれだった。

 立ち上がりからの決定機を決めなかったこともあり、結果はまたも1―0の辛勝だった。日本にとって幸いだったのは、W杯ロシア大会で試合結果を大きく左右したVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の採用がアジア杯では準々決勝以降の予定だったことだ。もし、VARが採用されていたならば日本は逆に0―1の敗戦を喫していた可能性がある。

 勝負を分けたのは二つのPKに関する判定。日本がPKを得たプレーと、オマーンにPKが与えられなかったプレーだ。

 前半26分、堂安がダイレクトでたたいたパスで南野がDFラインの裏に抜け出す。フリーで放ったシュートはGKの右足にブロックされた。こぼれ球に反応したのが原口とオマーンのFWサレハだった。ペナルティーエリアのライン上付近で起きたボール争い。映像で確認しなければ分からないのだが、先にボールを触ったのはサレハだった。そのクリアボールが原口の右足に直撃している。原口はそれを自分の足を蹴られたと思っても当然だ。あのエリアでは蹴られたと思ったら普通は倒れる。演技ではない、当然の動作を主審はPKと判定した。そして、決勝点となった原口のPKは肝の据わった素晴らしいキックだった。

 日本の幸運なPK判定とは対照的に、オマーンは不運だった。左サイドのクロスを遠藤航がヘディングでクリアしたボールが、フリーのヤハヤエイの前に。そのシュートに体を投げ出したのが長友佑都だ。ボールは左腕に当たったのは明らかだった。ハンドのアピールをするオマーンの選手たち。だが、レフェリーたちはその瞬間を見ていなかった。主審からはハンドは長友の体に隠れて見えない。一番近くのゴール横にいた追加副審であるオーストラリアのグリーン。彼はゴール方向に顔を向けていたので見えてはいない。良いのかどうかは分からないが、結果として日本には有利に、オマーンには不利に働いた。

 VARが採用されていたなら、一瞬で覆っていたであろう二つの判定。それが最少得点差で決した試合の勝ち負けの表裏を成したのだから、かなり物議を醸しそうな予感がした。だからこそ、日本には早く2点目を奪ってほしかった。追加点を積み重ねれば、二つのPK判定に対する雑音は静まったはずだ。しかし、試合は1―0のまま終わった。当然のことだが、海外メディアは誤判定について大きく取り上げている。W杯ベスト16の国が、アジアで判定に助けられたのはニュースになるからだ。

 立ち上がりの決めるべきところで決めていれば、簡単に決着がついていた試合だ。その意味で第1戦も含め、オマーン戦は良い教訓になったはずだ。大事なのはその経験を生かし、次の試合で少しでも進歩を見せること。止めが刺せる試合は、慈悲なく早めに止めを刺す非情さが必要だ。それを考えれば、第1戦は2枚、第2戦は1枚の交代カードを残したまま、試合を終えた森保一監督の采配はちょっと気にかかる。特に後半、まったく攻め手を失ったオマーン戦では、選手を交代することで変化をもたらすこともできたのではないか。

 大迫勇也の抜けた第2戦。北川航也の使い方を、周囲がまだ理解していないという感が強かった。チームは常にベストメンバーを組めるわけではない。アジア杯で日本代表は勝ち進まなければならない。同時に戦い方の引き出しを一つでも多く増やす必要がある。W杯カタール大会まで、あと3年だ。歳月が流れるのは予想以上に早い。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。