北陸トンネル物語

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大阪や名古屋と北陸を結ぶ特急が頻繁に行きかう

 昨年5月に福井支局へ転勤し、周辺地域の鉄道の話題を紹介したいと思う日々だが、やはり外せないのが北陸トンネルの話だろうと思う。北陸3県に住む人なら、多かれ少なかれお世話になっているはずだ。

 同トンネルは、JR北陸本線の敦賀駅~南今庄駅(ともに福井県)に位置し、1962年に複線電化、全長約14キロで開通した。北国街道屈指の難所とされる複数の峠の下をおおむね直線で貫き、特急列車でも通過には7-8分程度かかる。開通から半世紀が過ぎたが、陸上にある在来線鉄道トンネルではいまだに日本最長だ。

 開通前の同区間は、多くのトンネルとスイッチバックを要する山岳単線で、坂を登るための補助機関車が必要だったという。だが列車本数が増えるにつれ運用上のボトルネックになり、解消を狙い複線長大トンネルの建設が決まった。

 福井県はこの峠を境に地域が南北に二分(いわゆる「嶺北」と「嶺南」)されており、高速道路が無かった当時、鉄道輸送が改善されることの重要さは言うまでもないことだった。

 当時としては日本最長のトンネル掘削工事で、着工から開通に4年半を要した。敦賀側出口近くの「北陸隧道碑」によると、地下水の噴出など工事は難航し、殉職者は20名を超えたという。開通で輸送量は劇的に改善し、県内の人の流れに大きな影響を与えたという。

 ちなみに廃線となった旧線は、一般道路として再整備された。駅のホーム跡や、国の登録有形文化財である旧トンネルなどが残り、現在でも鉄道遺構ファンを引きつけている。単線の旧トンネルでは車のすれ違いが難しく、通行はなかなかスリリングだ。

(上)廃止された大桐駅跡(下)一般道路になった山中トンネル。左奥にはスイッチバック用の行き止まりトンネルがある

 そんな中、開通10年後の72年11月、大きな悲劇が襲う。大阪から青森へ向かっていた急行「きたぐに」が出火し、トンネル内で緊急停車。逃げ場を失った乗客ら30人が命を落とし、700人以上のけが人を出す大惨事となった。

 事故を受けトンネル火災への対応が見直されるなど、後世に多くの教訓を残している。現在、敦賀側出口のそばには犠牲者の慰霊碑が建つ。

 その後も乗客の様々な思いを乗せ、多くの列車が駆け抜けた北陸トンネル。現在は新幹線の金沢~敦賀開業に向け、付近で全長約20キロの「新北陸トンネル」の工事が進む。

 開業後、JR並行在来線は3セク化される方針で、サンダーバードなどの特急列車が残るのかは不透明だ。現在の特急銀座を支えるトンネルの姿は、見納めの日が近いのかもしれない。そう、記録はお早めに。

 ☆加志村拓(かしむら・ひろし)共同通信社・記者。本コラムに福井ネタで2本(今回と前々回)書いたので、そろそろ石川や富山に足を伸ばそうと思います。