【熊本城のいま】飯田丸の北側にあった“谷”

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 熊本地震の後、熊本市は熊本城の復旧工事に伴い、ボーリングによる城内の地盤調査を進めている。土質と硬さを調べ、石垣復旧の参考資料にするためだ。この調査を通じて、熊本城の“足元”が見えてきている。

 ボーリングは、土を採取する筒状の機具を約63キロの重りで打ち込んでいく。機具が30センチ沈むのに必要な回数を測ることによって、地盤の硬さが分かる。柔らかい地盤では落下の回数が少なく、硬ければ多くなる。土の種類も調べられる。

 市の熊本城調査研究センターによると、2016年度には天守閣周辺の4カ所でボーリング調査をした。最も深い部分で地下75メートルまで掘ったところ、地表から順番に「盛り土」「火山灰や軽石など阿蘇山の火砕流の堆積物」「安山岩の塊を含む層」の三つの層が見つかった。安山岩を含む層が最も硬いが、安定した地盤とは言えないという。

 この結果は1960(昭和35)年に天守閣を再建する際に行ったボーリング調査の結果とほぼ合致している。再建天守閣の外観を担当した故藤岡通夫さんは、著書「城と城下町」の中で、熊本城には硬い岩盤がなく火山灰の層の上に建っていることを指摘。そのため「石垣の裾を広くひろげて広い面積で上(建造物)の重量を受けるとともに、下部の石垣と土との摩擦力をも利用して沈下を防いだものと考えられる」と推察している。

 市は17~18年度には飯田丸五階櫓[やぐら]の周辺の6カ所を掘り、深さ45メートルまで調査。こちらも天守閣周辺と同様に盛り土、阿蘇山の火砕流の堆積物、安山岩の塊を含んだ層を検出した。さらに飯田丸五階櫓の北側は、元は“谷”のようにくぼんだ地形で、盛り土で埋められたとみられることが分かった。

 センターの金田精一さんは「谷の地形には驚いた。熊本城がある茶臼[ちゃうす]山は、でこぼこした地形だったことが分かる。盛り土で造成して櫓を造ったと推測される」と話している。(飛松佐和子)

(2019年1月18日付 熊本日日新聞朝刊掲載)