プロ野球・春季キャンプの起源は? MLBはカブス、NPBは巨人がスタート

2018年のソフトバンク春季キャンプの様子【写真:藤浦一都】

春季キャンプの起源は1886年、MLBのシカゴ・ホワイトストッキングス

 まもなくプロ野球の春季キャンプが始まる。そもそもプロ野球のキャンプの始まりは何なのか。

 プロ野球選手は、球団や日本野球機構(NPB)との間に様々な取り決めをしている。それらをまとめたものが「野球協約」だ。この第87条(参稼期間と参稼報酬)1には「球団は選手に対し、稼働期間中の参稼報酬を支払う。統一契約書に表示される参稼報酬の対象となる期間は、毎年2月1日から11月30日までの10か月間とする」と書かれている。

 この協約によって、プロ野球選手は12月、1月は完全にオフになる(ウィンターリーグなど特別に認可される場合はあるが)。ユニフォームも着ないし、試合もしない。年末年始になると、プロ野球選手がテレビのいろいろな番組に出演するのは、この期間、球団のマネジメントを外れるからだ。球団側はこの間に、選手との契約を行い、新人選手を獲得し、監督、コーチ、スタッフとも新たな契約を行う。

 そして2月1日、キャンプ地に選手とスタッフが集合して「新しい年の新しいチーム」を作るのだ。2月1日を「プロ野球のお正月」というのは、このためだ。

 シーズンオフにチーム全体が合宿をして練習をしたのは、1886年、MLBのシカゴ・ホワイトストッキングス(現在のシカゴ・カブス)が最初だ。プレイング・マネージャーのキャップ・アンソンが、シーズン開幕前に選手を一か所に集めて練習をしたのが始まりだ。このシーズン、ホワイトストッキングスは優勝。アンソンは打点王、チームの主力選手キング・ケリーは首位打者に輝いた。

 このホワイトストッキングスの成功によって、他のチームもスプリング・トレーニングを行うようになった。当初は、各球団は近くの施設で行っていたが、1913年、シカゴ・カブスは温暖なフロリダ州でスプリング・トレーニングを開始。次第にこの地にチームが集まるようになり、グレープフルーツ・リーグが誕生した。また1946年にはアリゾナ州でカクタス・リーグが誕生した。

日本のプロ野球での春季キャンプの始まりは1946年の巨人

 現在、MLBのスプリング・トレーニングは、グレープフルーツ・リーグ、カクタス・リーグともに15球団で構成されている。MLBのスプリング・トレーニングは、NPBでいう「春季キャンプ」と「オープン戦」が一体になったものだ。練習だけをする期間は短く、すぐに試合が始まる。選手に出場機会を与えるために、チームを2つに分けて、1日2試合をすることもある。

 また、正式契約していない選手も「招待選手」として参加する。彼らはスプリング・トレーニングで結果を出してメジャー契約を得るために奮闘する。「招待選手」にとっては、スプリング・トレーニングは、真剣勝負の場となる。

 日本のプロ野球も、草創期から合宿をよく行っていた。職業野球開始年の1936年9月、東京巨人軍は群馬県館林市の茂林寺の分福球場で、キャンプを張り、猛特訓を行った。これによって後期シーズンに優勝。「茂林寺の特訓」は、球史に残る逸話となっている。

 春季キャンプは、終戦直後の1946年、巨人が旧制松山高校で行ったのが始まりとされる。食糧難が厳しかった時代だけに宿舎では十分な食事が出なかったために、選手は米や味噌、醤油をリュックに詰めて汽車に揺られてキャンプ地に集まった。練習の後は道後温泉につかって疲れを癒したという。

 資金的に余裕のなかった他球団は、キャンプを張る余裕はなかったが、本拠地球場に選手を集めて練習をし始めていた。ここから始まって70年余、プロ野球の春季キャンプは多くのファンを集め、地域に大きな経済効果をもたらす一大イベントになったのだ。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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