熊本城・長塀内側で白川蛇行の跡か 復旧調査で発見 「清正改修前」の可能性

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長塀が撤去された石垣(中央)。南側の写真手前は坪井川=熊本市役所から撮影

 熊本地震の後、熊本市が熊本城の地盤を調べるために実施しているボーリング調査で、坪井川の北側から昔の河川とみられる地層が見つかった。江戸時代、加藤清正が河川を改修する前の白川の流れだった可能性があるとみられる。

 市はお城の石垣復旧の参考資料にするため、ボーリングにより地面を掘って、地盤の硬さや土の質を調べている。市の熊本城調査研究センターによると2017年度、坪井川沿いの長塀(現在は解体・回収)の石垣の北側を約28メートルまで掘り下げたところ、深さ約17メートルの辺りから、厚さ3メートルほどの河川堆積物の層が検出された。

 これまで江戸時代初期の絵図などから、白川は現在の代継橋付近でカーブを描いて北上し、市役所の近くで坪井川と合流。長塀や城彩苑、第一高の辺りを通り、現在の長六橋付近に向かって南下していたと推測されてきた。この大きな蛇行を清正時代に河川改修で直線化したとみられている。

 調査研究センターは「復旧工事に伴う城内のボーリング調査で、河川とみられる層が出たのは初めて。もっと多くの地点で調査しないと確実とは言えないが、白川が蛇行していた可能性を裏付けるものかもしれない」としている。(飛松佐和子)

(2019年1月23日付 熊本日日新聞朝刊掲載)