「#MeToo」でも続く差別 平成の女性史(1)政治

By 江刺昭子

 1989年の参院選で大躍進を果たした社会党の土井たか子委員長。左は山口鶴男書記長

 平成最後の年を迎えた。平成とはどんな時代だったのだろう。話すときも書くときもわたしは元号を使わないが、時代を読むのに30年は区切りがいい。女性史の視点で過ぐる30年間を振り返ってみたい。憲法がうたっている男女平等社会がどれだけ進んだのか、進まなかったのか。

 女性史で平成最初の年のビッグニュースは、7月23日投開票の参議院議員選挙である。国政選挙で初めて与野党が逆転し、女性が22人も当選した。その多くが土井たか子社会党委員長が擁立した人で、与謝野晶子の詩「そぞろごと」を踏まえた名文句「山が動いた」が有名になった。生まれたての女性議員がずらりと並んだ写真を眺めながら、政治の変化を感じて、わたしも胸を熱くした。

 女性議員の進出は、ウーマンリブや国際女性年をきっかけにして性別役割分担を見直そうという女たちの地道な活動の結果だが、思わぬ追い風もあった。

 この年、リクルート事件と消費税の導入で政治不信が高まり竹下登内閣が総辞職し、参院選向けに登場したのが宇野宗佑首相。ところがこの内閣は、69日しか持たなかった。内閣誕生直後に週刊誌が首相の買春を報道、国会で野党議員が追及し、女性団体が次つぎと抗議声明や公開質問状を出した。欧米の有力紙も首相のセックススキャンダルを報じた。

 そのさなかに始まった参院選の遊説で、追い打ちをかけたのが堀之内久男農相の「女性には政治は無理」という趣旨の発言、正確には「女性は政治の世界では使い物にならない」という侮辱的な表現で、7月23日選挙で自民党は大敗。宇野首相が辞任に追いこまれた。

 女性スキャンダルはまだ続く。宇野首相の退陣で急きょ登板したのが海部俊樹首相。女性有権者の支持を回復しようと、経企庁と環境庁の長官に女を起用した。女性2人の入閣は史上初である。ところが女房役の山下徳夫官房長官が、交際していた女性に300万円を渡したのは口止め料ではないかと週刊誌に報じられた。あっさり認めて辞任したのが内閣発足後2週間余り。海部首相は森山真弓環境庁長官を官房長官に横すべりさせ、女性初の官房長官が誕生した。女性閣僚を内閣の人気取りや延命策に起用することは、このあともしばしば見られる。「初」を手放しで喜んではいられない。

 それにしても、これまでも首相経験者や大物政治家の女性スキャンダルが表面化したことはあるが、「浮気は男の甲斐性」とうそぶくような古い感覚が生きているのが永田町。メディアも政治家の下半身の問題は知っていても書かないのが不文律だったというから、男同士のなれあいだったのだろう。

 その不文律を破らざるを得なかった背景には、女たちの異議申し立てがある。高度経済成長を経て70年代、日本人男性による韓国のキーセン観光などセックスツアーが目に余るようになった。それまでは「売春」のみが問題にされてきたが、むしろ買う側を問題にすべきだとして「買春」という用語を女たちが生みだした。読み方も「かいしゅん」として80年代後半には国語辞典に掲載され、のちには児童買春処罰法という法律名にも採用されている。言葉が定着したことで、買う側の行動と意識の問題性をあぶり出すことになったのである。

 言葉の使い方で30年間変わらなかったのは「女性問題」。本稿でわたしは元首相の買春事件を「セックススキャンダル」と書いたが、当時この事件を報じるメディアのほとんどが「女性問題」としていた。ここまで見てきた買春やセックススキャンダルは、第一義的に、男性側の問題であるのに。

 「女性問題」にはもう一つ、別の意味がある。女の社会的地位は低く、政治、教育、労働などの分野で差別、抑圧されている。それが社会的な問題であるという認識である。長い間、婦人問題と言われてきたが、70年代以降、公的機関が婦人を女性と言い換えるのにともない女性問題に変わった。

 今も「女性問題」は二つの意味に使われている。後者、社会問題としてのそれが前面に出てこないのは、多くの人が「性差別という女性問題」に気づいていないか、気づいても問題にしないからではないだろうか。

 「#MeToo」運動、財務事務次官のセクハラとそれを援護する政治家の発言、大学医学部の入試における女子差別などの成りゆきをみると、取り組まなければならない女性問題は山積みである。週刊誌『SPA!』の「ヤレる女子大生ランキング」に至っては売らんかな商法の下劣の極み。書くのもいやになる。平成は政治家の買春スキャンダルに始まり、女性差別で終わるかにみえる。それではあまりにも情けない。

 この30年間、政策決定の場への女性の進出は進んだが、外国と比べるとはるかに遅れている。閣議や国会を見ると、男だけで政治を動かしているとしか思えない。

 いびつな風景を変えたい。国会や地方議会に女が当たり前にいる風景を見ることで、女の地位を高めようとする意識も生まれてくるはずだ。今年は、参院選と地方議会選がある。「山が動く日」の再来を心から願う。(女性史研究者・江刺昭子)=続く

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