次世代育て大切に渡す   日舞で伝える日本文化 ロサンゼルスで暮らす人々-vol.769

By Yukiko Sumi

中村 鴈京 |Gankyo Nakamura 歌舞伎役者

 オレンジカウンティで生まれ育ち、大学以降LAで暮らす中村鴈京(日舞:坂東拡七郎)さんは日系二世の歌舞伎役者だ。UCLAで政治学と哲学を専攻し、当時は弁護士になろうと思っていた。母方の祖母がハワイ生まれ、母は日本生まれ。シカゴ大留学後米国へ住み着いた父は会計士。祖母の「二世として米国で生まれ育つからには日本文化を習ったほうがいい」という言葉により、兄は剣道、姉は日舞を習っていた。姉の稽古に同行していた鴈京さんも3歳で日舞を開始。「子どもはファンタジーの世界が好きですから。日本舞踊は侍や町人の世界でいろいろな役で遊べる。他のだれかになれるのが楽しかった」。

日系二世の歌舞伎役者、中村鴈京さん。日本留学を機に中村鴈治郎に弟子入りした

 大学3年時、政治学と哲学を学ぶために東大へ1年間留学した。その間も日本舞踊を習っていたが、ある日、先生から大阪の『松竹上方歌舞伎塾』で学んでみてはとすすめられた。当時の中村鴈治郎が上方歌舞伎の後継を育てるために作り、三味線、踊りなど日本の伝統芸能すべてを2年間で習うことができる塾だ。面接と試験を受けてみたところ合格し、東大を辞めて大阪に引っ越した。両親にはあとから手紙を出して報告した。

 2年後、卒業発表を見た鴈治郎(現・坂田藤十郎)に声をかけられて弟子入り。稽古について行ったり、師匠の世話をしたりと忙しい日々を送っていたが、師匠のもとでは初の外国人弟子。周囲から反対され、鴈治郎ファンから罵声を浴びせられたこともあった。楽屋の掃除をすると「外人だから掃除の仕方がなっていない」と言われ、英字新聞を楽屋で読んでいたら厳しく叱られた。そういう経験があるからこそ、「だれよりもちゃんとしていないと」と思うようになり、悔しさをバネにした。その一方で、「一門の先輩たちはすごく大事にしてくれて細かく教えてくれ、理解してくれた」という。

「日本文化のすばらしさを広め、次の世代を育てていきたい」と話す (写真:www.kyonokai.com)

 7年間の修行後はLAに戻り、日舞を教えるかたわら、修士号、博士号を取得した。現在は日舞のほか母から受け継いだ木目込人形の技術も教えながら、大学で教鞭を執る。日本文化と文学以外に、アニメの授業も受け持つ。「アニメを通して日本の文化、歴史を深く理解することがテーマ。古典文学を生かした授業をしています。ここから日本に興味持ってもらえたら」。昨年、世界で初のアニメと日舞のコラボを行い、好評を得た。「米国はいろいろな文化が混ざっていて、それがいいところ。でも自分のルーツをしっかり考えないと、どんどん消えていってしまう。まずは日本文化を大切にし、将来の子どもたちのためにも守っていかないといけない。祖母が『せっかく日本文化を習っても伝えていかないと意味がない。大切にして渡していかないと』と言っていた。今後は日本文化のすばらしさを広め、次の世代を育てていきたい」。

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