「リレーコラム」兄弟で世界王者の夢実現 ボクシング・バンタム級の井上尚弥と拓真

ボクシングのWBCバンタム級暫定王座決定戦に判定勝ちし、兄尚弥(左)と手を取り合う井上拓真=2018年12月30日、東京・大田区総合体育館

 兄の大きな背中を追って、兄弟で世界チャンピオンの夢を実現させた。

 昨年12月30日、世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級暫定王座決定戦で23歳の井上拓真(大橋)がタサーナ・サラパット(タイ)を大差の判定で破って、暫定ながら世界王座を獲得。2歳上の兄で同じジムに所属する世界ボクシング協会(WBA)同級チャンピオンの尚弥に肩を並べた。

 亀田3兄弟に続く日本で2例目の兄弟同時世界王者誕生で、拓真は「子どもの頃からの夢がかなった。小さい頃から一緒にやってきて、同じ舞台に立てるのは素直にうれしい」と喜びをかみしめた。

 拓真は2016年には練習中に右拳を痛めて手術し、決まっていた世界戦が中止となる苦難を味わった。

 プロ13戦目、兄に遅れること約4年半で、ようやく手にした世界チャンピオンベルトだ。

 尚弥はアマチュア時代から才能を評価され、プロ6戦目で世界ライトフライ級王座を奪取。既に世界3階級を制覇し、世界戦で2試合連続1回KO勝利中と衝撃的な白星を重ね、世界的注目を集めるスター選手の一人となっている。

 先にボクシングを始めたのは兄で、幼い頃は体力、技術で差があり、弟は先を行く兄を追うしかなかった。

 スパーリングなどの実戦練習では意地をぶつけるように、激しいけんかのようになったこともあるという。

 拓真は「嫉妬とかはない。すごすぎるのは分かっている。ボクサーとして目標だし、いつか追い付きたいとは思っている」と語ってきた。

 ただ、初の世界戦のリングでは、兄へのライバル心をのぞかせる展開となった。

 試合開始のゴングから積極的にパンチを繰り出す攻勢に出た。雑になって結局、最後まで倒すことはできず、「インパクのある試合をしたいと思って、大振りになってうまく当てられなかった」と反省しきり。中盤からはフットワークを使ってタイミングよくパンチを当てる闘いに切り替え、主導権を手放さずに12ラウンドを乗り切った。

 兄弟はプロでともに負けなしで、戦績は17勝(15KO)と打撃の破壊力、スピードで対戦相手を圧倒し続ける兄に比べ、13勝(3KO)の弟の闘いぶりが派手さや迫力に欠けるのは否めない。

 パンチの威力や華麗な技巧を備えているわけではない。リーチも長いとは言えず、闘い方は限られる。

 ただ、それらの点は偉大な兄と比べて、現時点で、というものでしかない。尚弥は「周りは兄弟で比べたがるだろうけど、拓真はああいうスタイル。自分は自分」と話した。

 所属ジムの大橋秀行会長は「拓真は良くも悪くも、負けん気が尚弥より強い。打たれたら打ち返しにいく、(心に)熱いものを持つ。フットワークに優れている」と兄にない武器を口にする。

 初の世界戦で示したように、ボクシングスタイルで兄を追うのではなく、自分なりの闘い方を確立して前へ進むことが、兄に負けない存在感を放つチャンピオンになる近道になるだろう。

 今後は正規王者との王座統一戦が見込まれる。

 拓真は「スタートラインに立っただけ。まだ暫定王者で、正規王者に勝ってから本当に喜びたい」と冷静に語る。兄も「まだ浮かれては駄目。正規を取った時に自分も喜びたい」との言葉を贈った。

 今春、尚弥は世界バンタム級の実力者が参戦するワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)で準決勝を闘う見込み。

 WBSSで優勝すれば、拓真が絡むWBCを除く、主要4団体のうち3団体の世界チャンピオンに輝く。

 兄弟で世界王座4団体統一の可能性が現実味を帯びる。「そうなれば井上家にとって最高」と尚弥。弟の戴冠が井上兄弟の夢を広げた。

伊藤 貴生(いとう・たかお)プロフィル

他社での記者経験を経て2005年に共同通信入社。3年間、札幌支社でプロ野球日本ハムを担当。本社運動部、名古屋支社運動部を経て、15年5月から本社運動部でアマ野球、ボクシングなどをカバーしている。鳥取県出身。

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