高槻城に高山右近の障子堀、大阪

築城の名手、泥で落とし穴

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高槻城跡で見つかった障子堀。左は石垣の一部=大阪府高槻市

 キリシタン大名・高山右近が1573年に城主となった高槻城跡(大阪府高槻市)で、堀底を格子状に掘って敵の侵入を遅らせる「障子堀」と石垣の一部が見つかり、市教育委員会が30日、発表した。堀底を泥で覆って隠し、落とし穴のような機能を持たせていた。

 森田克行・市立今城塚古代歴史館特別館長は「石垣と障子堀を合わせて防御の相乗効果を狙ったのではないか。織田信長や豊臣秀吉に認められた築城の名手・高山右近を裏付ける根拠になる」と話した。

 障子堀は西日本では松江城下町遺跡(松江市)など数例しか見つかっていないが、秀吉の大坂城の障子堀より古く、近畿で最古級とみられる。