フィンランドと言えば、教育分野で非常に進んでいるイメージがありますが、漠然としたイメージが強く、実際どのような教育が行われているのかがわかりにくいというのも事実です。ここでは、フィンランド教育を取り入れている杉並区の民間アフタースクール「 KIDS PORT Fin」の代表である高野直子が、数回にわたってフィンランドの教育について話していきます。
フィンランドの小学校や子ども向け施設
日本で教育を受けた人たちが、フィンランドの小学校や子ども向け施設を見たときに、まず多くの人が受ける印象である「こんなところに通えたらいいな!!」について掘り下げます。
私は現地で2015年から2017年にかけて大学院の修士をとりながら現地の小学校に直接コンタクトを取り、のべ30校ほどの小学校を訪問しました。自治体の予算や地域性によって差異はありますが、日本のどの公立小学校よりも設備が充実しておりアットホームな印象を強く受けます。学校の廊下・教室の壁・机などすべてが総合的に「リラックス」を体現していました。
この「リラックス」には、フィンランドの教育に対する強いこだわりがあることを2年間の滞在期間中に学びました。フィンランドも、以前は日本と同じように「学校では先生が偉く、生徒は先生に従うべき」という価値観が根付いていて体罰も普通に行われていました。しかし、当時の教育を担当する国の大臣が「資源もないフィンランドが豊かな国になるには、一人一人を大切にして個性を伸ばす教育をしていくべき」と教育における大きな舵を切りました。
“一人一人を大切にする”ということの定義
ここでポイントとなるのは、“一人一人を大切にする”ということの定義を「際限なく子どもの要求に応える」ではなく、「将来社会の一員となる子どもが、より効果的に学ぶためにまずは彼らの気持ちを安定させてよい状態にする」とされていることです。多くの科学的研究のエビデンスもありますし経験がある人も多いと思いますが、要は「気に入った環境だと、仕事(勉強)が捗る」「周囲の人や環境から大切にされていると感じると、自信が湧いて能力が発揮できる」と私は解釈しています。
小学校だけではなく、図書館など公共の施設でも同じことが言えます。近隣に住む人すべてが「ここに来たい!」と思えるような工夫が随所に見受けられます。心地よいソファが置いてあったり、ボードゲームが用意してあったり。「本を読む目的でなく来館したとしても、それがきっかけでいい本に出会えたらそれで目的達成よ」と、ある図書館の司書が言っていました。
ヘルシンキでもっとも新しい小学校
多くの小学校を見てきた中でも、ヘルシンキでもっとも新しい小学校(※2017年当時)がとくに印象的でした。この小学校は2014年に改定され、2017年秋から施行された に適合するよう設計されました。ちなみにこの新カリキュラムのポイントは、「教科の境目をなくし、授業の中に複数の教科の学びを取り入れること」「グループワークを中心とした学びとすること」といったことでした。
まず校内の配管が隠されておらず空調設備なども子どもたちから見え、「自分たちの学校生活に必要なもの」を意識できるようにつくられており、子どもの学びに対しての強いこだわりを感じます。教室も明確に“何年何組”と決められておらず、状況に合わせてそれぞれが適切な教室、または廊下などのマルチパーパスエリアを使って授業ができるようになっています。
そのために、先生同士のコミュニケーション(「明日、あの教室を使いたいんだけど」「今日、こんな授業やったらよかったわよ!」)が、カフェのような職員室で行われます。
始業前、休み時間、子どもが下校したあとなどフォーマルにもインフォーマルにもディスカッションをしているのがフィンランドの先生たちの特徴です。そこには、必ずコーヒーと甘いパン※が置いてあり、先生たちもリラックスしながら子どもたちの学びのためのコミュニケーションをしています。
※pulla:プッラといってフィンランド人が大好きなおやつ。カルダモンやシナモンの香りがついているものが多い
フィンランドの先生たちにストレスはないのか
「フィンランドの学校の先生たちにはストレスは存在しないの?」と、よく聞かれますが私が個人的に知っている先生たちは、それぞれストレスを抱えていることがわかりました。たとえば、
- 子どものこと
- 保護者との関係
フィンランドは日本とは比較にならないほど移民が多く、自分と言葉が通じない子どもがクラスにいることも多く、文化や価値観にも大きな隔たりがある。 - 新カリキュラム導入に伴う働き方の変化
クリエイティブに他の先生や地域社会とコラボレーションするような授業が求められる。
など、フィンランドにはフィンランド特有の先生たちの悩みもあります。しかし私がそこで先生方から学んだことは、仕事上のストレスに対してポジティブに向き合うことで成長しているという点です。
「大変でも、少しずつよくなっている」「(行動や発言が)ちょっと難しい子どもも、今は学んでいる段階」。先生たちと話していると、さまざまな局面でこのような発言をよく聞きます。人は、状況によって追い詰められたり落ち込んだりしますが、そこにいる人がポジティブになれるようにリラックスした環境を整備し、その価値観の中で対等にコミュニケーションをとっていくこと。それが、私がフィンランドの教育から学んだエッセンスのひとつ「リラックス」です。