万葉集ゆかりの琴を再現 対馬産アオギリ使い

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 奈良時代の歌人・大伴旅人(おおとものたびと)(665~731年)が対馬産アオギリで琴を作らせ、大和朝廷の要職にあった藤原氏に贈った際に詠んだ万葉集の和歌にちなみ、長崎県対馬市民有志の「しまの文化・芸術活動推進実行委員会」がこのほど、対馬産アオギリを使った「旅人(たびと)の琴」を3面制作した。2面は昨年12月中旬、藤原氏ゆかりの当麻寺(たいまでら)(奈良県葛城市)と春日大社(奈良市)に奉納。1面は、2月に対馬市内で開くコンサートで音色を披露する。

 桟原吉昭実行委員長(55)は「約1300年の年月を超え対馬の琴を奉納できたことは名誉。万葉ロマンの音色を感じてもらえたら」と話している。

 「対馬が舞台となった万葉歌」(対馬万葉の会編)などによると、旅人は万葉集の編さんに関わったとされる大伴家持(やかもち)の父。旅人が太宰府の長官(太宰師(だざいのそち))として大和朝廷から派遣されていた729年、後に右大臣となる藤原房前(ふささき)(681~737年)に宛てて結石山(ゆいしやま)(対馬市上対馬町)のアオギリで作った琴と、琴にちなんだ和歌を贈り、房前のそばで働きたい思いを伝えたといわれる。

 旅人は〈如何(いか)にあらむ 日の時にかも 声知らむ 人の膝(ひざ)の上(へ) わが枕かむ〉「音楽を知る人の膝の上で私(琴)が演奏される日は、いったいいつのことでしょうか」などと詠んだ。

 一方、房前は〈言問(ことと)はぬ 木にもありとも わが背子(せこ)が 手馴れの御琴 地(つち)に置かめやも〉「言葉を話さない木(琴)ではあっても、ほかならぬ、あなたが弾きなれた御琴ですから、地に置くような扱いはできません」との歌を返した。

 この後の730年、旅人は高位の大納言となって都に帰ることができた。

 「旅人の琴」は、実行委の小田忠彦さん(50)が制作。本体は結石山に近い上県町産のアオギリ、弦を張る「角」はケヤキ、弦を支える「柱」はカエデを使い、春日大社や当麻寺などの琴の記録を参考に約3カ月かけて作り上げた。

 両寺社への奉納に同行した小田さんは「一般的な琴と違って膝に乗るほど小さく、音色は甲高い。奉納を喜んでいただき、古代からの対馬と奈良のつながりが現代によみがえったようだった」と話した。

 「『続・旅人の琴』ギターコンサート」(同実行委など主催)は2月11日午後6時半から対馬市厳原町の国分寺。長崎市出身のギタリスト、山下和仁さんが琴を弾く。入場料500円。問い合わせは対馬市教委(電0920-88-2004)。

万葉集ゆかりの琴を制作した桟原さん(左)と小田さん=対馬市厳原町