『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(2)

拳銃を持つ手(参考写真)

拳銃を持つ手(参考写真)

 バストスで起きた強盗事件は、例えば次の様な具合だった。
━━日本(出稼ぎ)から帰ってくると、翌日には強盗が、その家にやってくる。
 強盗に殴られたショックで、入れ歯を呑み込んでしまい、死んだ人もいた。
 強盗に暴行され、大怪我をし入院した老人もいた。筆者が、バストス産組で既述の取材中、高木さんがその話をし「この方がそうだ」と傍にいた老人に視線をやった。相当の高齢であった。
 また、ある被害者は3回押し入られた。が、盗られるモノは何もなかった。強盗が「今度くる時、何もなかったら、殺すゾ」と脅して去った。
……等々である。
 強盗を誰がやっているかも判っていた。彼らは次第にずうずうしくなり、戦果を自慢して歩き、それが伝わってきたからだ。地元の5~10人のバンヂードだった。
 強盗の跳梁跋扈は、最早どこでも珍しい話ではないが、バストスの場合、悪条件が重なった。町を中心に半径100㌔以内に、12の刑務所ができた。この国では、囚人の家族は、刑務所の近くに移り住むことが多い。
 さらに、町の近くにカンナ畑が増え仕事があったため、流れ者の労務者が集まってきた。しかしカンナ畑の仕事は8カ月しかない。
 そして町にファベーラができた。さらにマコニアが入った。
 警察は機能しなかった。襲われて急報しても、強盗が引き上げる時間をおいてからやって来る。
 コソ泥を捕え警察へ突き出しても、すぐ釈放してしまう。「強盗の陰の頭目が、警察のデレガードだったという話もあるんだ」と、高木さんが呆れ返りながら言った。どこの町とはわざと言わず…。
 裁判所も、法廷で被害者に強盗と直に会わせ、面通しをさせるという無茶ぶりだった。そんなことをすれば、後で復讐される危険がある。もっとも、それを承知の上で「この男です」と証言した婦人がいた。その婦人はすでに6回、被害を受けていた。

『七人の侍』を見倣わぬ人々

 そうした中で起きたのが、前項で紹介した強盗の首領を一発で斃したサトシの一件である。板垣さんによると「サトシは、日頃はおとなしいボンジーニョだったが、コラージェンのある方だった。銃の扱い方の練習もしていた」そうである。
 バストスの日系人は、やられてばかりではない…という話はほかにもあった。やはり2010年頃のことである。郊外のグランジャ=養鶏場=で住込みで働いていたヒロシ(京野ヒロシ・ジルベルト)は、その日、外出して夜遅く帰った。すると飼い犬が傍のマットに向かって吠えている。いつもと違う吠え方だった。(ラドロンだ!)と直感した。事務所の近くに車を止め、中に入った。
 ポルタの側に掛けてあったカラビーナを手にとった。身体を低くして構えた。強盗と判る影が近づいてきた。ポルタを蹴った。少し開いた。ヒロシが銃を撃った。バッバッバーンと3発。影は逃げて行った。
 高木さんも、こういう話をしていた。
「息子が夜、家に帰った処を、強盗が襲ってきた。ポルタの外からバンバン撃ってきた。中からも撃ち返した。強盗は居なくなった。ポルタは弾痕だらけになっていた」
 次は、市街地に住み郊外でグランジャを営む垣本ジョナスさんの体験談である。
「ラドロンが、うちの金庫を盗んで行って、落として足に怪我をした。電話をしてきて賠償しろ、とぬかした。『今度来たら撃つゾ』とやり返しておいた」
 かくの如くで、闘う勇気のある人は居た。が、それが組織化されることはなかった。高木さんが「七人の侍を見倣え。女まで竹槍を持って野武士と戦っている、と皆に話したのだが…」とまで言って口を噤んだ。映画『七人の侍』のことだった。この提言に応じる動きは、生まれなかった。
 被害者の多くは泣き寝入りだった。他所へ転居した人も少なくない。出稼ぎを兼ねて日本に行った人も…。
 サトシの場合も「仕事の都合の他に、強盗の仲間の復讐を警戒した点もあったのではないか…」と推定する人もいた。そこで筆者が、サトシの親戚だという御婆さんに、こう訊ねてみた。
「彼は英雄じゃないですか。住民が団結してラドロンと戦う、彼を守ってやるという動きはなかったのですか?」
 お婆さんは語調を強めて、こう答えた。
「そんなこと、あるもんですか!」
 ヒロシも、その後、サンパウロに移転した。(つづく)

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