アスパイア・アカデミーというものを聞いたことがあるだろうか。
2019年のアジアカップも残すところあと決勝のみとなったが、日本代表と対戦するカタール代表23名のうち8名がこのアスパイア・アカデミーの出身である。
アスパイア・アカデミーは2004年に設立され、今年でおよそ15年の歴史になる。ここでは、カタール代表の近年の成功を支えるこのアカデミーの秘密に迫ってみよう。
中東サッカーの問題点を解決する組織
欧州のような地域クラブもなければ、日本やアメリカのような学生スポーツが盛んな国でもないために、中東サッカーの課題が育成であることは長く言われてきた。
トップチームへ昇格した後も問題で、Jリーグでいうかつてのサテライト、U-23チームのようなものもなく、かといって少数精鋭でもない選手数がいる中でポジションを獲得するのは容易ではない。
そんな状況を打破するためにアスパイア・アカデミーは2004年に設立された。
実は彼らはアスリートの育成機関で、サッカー専門というわけではない。ただ独立系政府機関ということもあり、国として何か取り組むとなれば2022年のワールドカップは格好の舞台だった。
そこでサッカーの比重が高くなり今に至るが、他にも陸上競技、スカッシュ、卓球などが「コア」なスポーツとして認められ、奨学金制度と結び付いている。
彼らのビジョンは明快だ。2020年までにユースアスリートを育成する世界的な機関として認められるというものだ。
2014年のAFC U-19選手権を制したU-19カタール代表は全員がアスパイア・アカデミー出身者だった。2019年のアジアカップ決勝進出という快挙も加えると、あと1年というところで結果は残していると言ってよいだろう。
学校教育とセット
続いてミッションを見ていこう。
「私たちはよく教育されたスポーツチャンピオンを育成します。私たちは、健康で活発なライフスタイルを実現するカタール社会を育成します」
というものだ。この言葉にすべてが集約されている。
アカデミーに実際に入学するためにはどうしたらいいだろうか?実は、戦いは6歳から始まっている。
「フットボールスキル開発センター(FSDC)」というものがドーハにあり、6歳から11歳までの入学候補生はそこでプレー、さらに有望な選手は8歳の時に「アスパイア・フィーダー・グループ」というグループに選ばれる。
こうして選ばれたアカデミー生は12歳で入学し高校卒業までをアカデミーで過ごす。
アスパイア・アカデミーではスポーツが上手くなるためだけでなく学校教育を行っている。こうした学校教育は南米や欧州のビッグクラブ傘下でも行われている“常識”ではあるがカタールでもそれは行われている。
将来の海外でのプレーに備えて外国語、とりわけスペイン語や英語の学習が義務づけられている。
また、「健康で活発」というワードの通りアカデミーのスポーツ科学メンバーはこれまで国際会議で100本以上の発表を行っており、アカデミー生は料理なども勉強させられるという。
そのほかスポーツ心理学、栄養学…全ての分野でサポートする体制が整っている。アスリートとして体制するには環境適応能力、メンタル、頭脳といった部分も必要なのだ。
設備として図書館、劇場、化学実験室、寮などもあるというのだから、日本人から見たらさながら大きな学校のようだと思うかもしれない。
例えば、室内サッカー場は5800人の観客を入れることができ、FIFAからも承認されている。先月もPSV、クラブ・ブルッヘ、バイエルン・ミュンヘンなどがアスパイアでトレーニングを行った。
スタッフは25カ国以上から集められたメンバーにより成り立っている。
ことサッカーに関しては、元ビルバオのエドルタ・ムルアTD(テクニカルディレクター)を筆頭にスペイン人スタッフが揃い、またチャビが関わっていることなどからスペイン色が濃いという意見もある。
チャビは今回のアジアカップでも「カタールが優勝する」と予測しているが、過去にも「カタールに来てこの国をもっと見て欲しい」と発言するなどカタールの素晴らしさを度々発言している。
卒業生の面倒も見る
先に述べたように、中東サッカーではトップチーム昇格後の出番のなさもまた問題であった。
しかし、アスパイア・アカデミーの場合心配はない。カタールのクラブに進む以外にもまた、ベルギーのオイペン、スペインのクルトゥラル・イ・デポルティーバを買収し卒業生を送り込む体制が整っている。
これにより卒業後の育成、ステップアップについても管理下におくことができる。
実際にオイペンの選手表を見てみると、アフリカ系の選手の多くがアスパイア・アカデミー卒業生であることがわかる。
そう、カタールの選手たちだけでなくアフリカの選手たちも今やカタールから育成されているのだ。将来、彼らの中にはカタール代表になる者もいるかもしれない。
また、「パートタイマー」をアスパイア・アカデミーでは受け入れている。
これは、例えばアル・サードの下部組織に属している選手が所属を変えないままアスパイア・アカデミーでも練習を受けられるというものだ。これにより育成はさらに波及する。彼らは自クラブへ帰った後にその学んだことを広めようとするからだ。
Jリーグの下部組織との対戦もしばしば行われている。昨年秋にはヴァンフォーレ甲府がアスパイア遠征を行った。過去に遠征した柏レイソルのアカデミースタッフのブログにはこう書かれていた。
「今までに見たことのない最新鋭のテクノロジーが備わったトレーニングが実現していました。」
「最新のテクノロジーに囲まれた中で育つMade in Aspireがこれからは世界に巣立っていくわけです。果たしてどんな選手が育っていくのか、楽しみは増していきます。」
これだけの施設が整った国やクラブが世界中にどれほどあるだろうか。そう考えれば、彼らが今回のアジアカップで決勝に進出してきたことも頷けるものであろう。
カタールはこの先、日本のライバルとして立ちはだかるに違いない。