版画家 田川憲の魅力発信 作品、手記を展示 アートルーム「Soubi’56」

 長崎市出身の版画家、田川憲(1906~67年)の作品と手記を展示している同市出島町の日新ビル1階のアートルーム「Soubi(そうび)’56」が昨年1月11日のオープンから丸一年を迎えた。オーナーの田川由紀さん(47)の夫、俊(たかし)さん(48)さんは田川憲の孫。2人はここで田川の魅力を発信。ファンらが訪れ、交流も生まれている。
 田川は市立長崎商業高を卒業後、画家を志して上京。木版画家の恩地孝四郎に学び、自画・自刻・自摺(ず)りによる芸術としての木版画「創作版画」に取り組む。従軍画家として大陸に渡り、帰郷後は長崎の洋館や唐寺のある異国情趣をたたえた長崎の風景を描き続け、「東の棟方志功・西の田川憲」とうたわれた。
 店名の「Soubi」は田川の56年の作品「十字薔薇(そうび)の窓」が由来。大浦天主堂のステンドグラスに描かれたバラがモチーフ。その芸術性と言葉の響きが気に入り、ネーミングした。
 俊さんは田川が亡くなった3年後に生まれた。家には田川の版画がいくつも飾られ、「原画の持つ力」を肌で感じた。成長すると残された手記なども読み、版画への情熱や郷土愛を知った。2014年、それまで叔父が管理していた田川の版画や版木、スケッチなど数百点の遺品を俊さんが管理することとなり、「貴重な作品を家で眠らせたままにはしておけない」との思いから店を開設した。
 オープン直後、近くの県美術館で開かれた田川憲没後50年を記念した大規模な企画展「田川憲展」を見て田川ファンとなり、「Soubi」の常連客になった人も少なくない。入居する日新ビルは築66年。コンクリート造りで田川の生前から立っている。昭和レトロなたたずまいで、「大人の隠れ家」のような雰囲気も人気を呼んでいる。
 作品は奇数月に入れ替え、現在は「異人墓地」(浦上)の単色と多色摺りの2作品と手記を展示。作品を鑑賞した後、実際に画題の坂本国際墓地を訪れたり、モチーフの天使像を撮影した写真が表紙を飾った本を寄贈してくれた人もいる。
 俊さんも熱烈な田川ファンの一人。一番のお気に入りは56年の木版画「白い木の魚」。興福寺につるされた魚板などを描いたもので、濃厚な色彩とざらついた質感の表現が絵画的。俊さんは「この作品から作風が変わった。多色摺りの版画と油絵の表現が融合したような作品で、多くの色を重ねている。色あせた魚板を象徴的に描き、失われていく長崎の風景、街の風化を表現した奥深い作品」と語る。本業は会社員のため、休日にボランティアとして店頭に立ち、熱く作品解説することも。「田川の作品を買った人とも話してみたい」と笑顔で語る。
 こぢんまりした雑貨屋風の店内では田川のオリジナルポストカード、田川がデザインした菓子箱、図録などを販売している。由紀さんは「将来は、田川ファンがお茶を飲みながら魅力を語り合うような空間を提供したい」と話している。
 同店は月曜定休。

多色摺り版画「異人墓地」(浦上)
田川憲の魅力を発信している孫の俊さんと妻の由紀さん夫妻=長崎市出島町、アートルーム「Soubi’56」
昭和レトロな雰囲気が漂う日新ビル

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