ナディア・ムラド氏のノーベル平和賞受賞演説

オスロでのノーベル平和賞授賞式で演説するムラド氏=2018年12月10日(AP=共同)

 両陛下、両殿下、閣下、ノーベル賞委員会、紳士淑女の皆様、心よりごあいさつ申し上げます。

 この栄誉を授けてくださったノーベル賞委員会に感謝いたします。価値あるこの賞を友人であるデニ・ムクウェゲ医師と共に受賞できたことはこの上ない名誉です。彼は力を尽くして性暴力の被害者に手を差し伸べ、暴力を受けてきた女性たちの声となってきました。

 ここで皆様にどうしても知っていただきたいのは、私の人生や全てのヤジド教徒コミュニティーの生活が、この大虐殺によっていかに変えられてしまったかということです。過激派組織「イスラム国」(IS)がどのように女性たちを捕らえ、男性たちを殺し、巡礼と祈りの場を破壊し、私たちをイラクから消し去ろうとしていたのか知っていただきたいのです。

 今日は私にとって特別な日です。善が悪に勝利した日、人類がテロリズムを打ち負かした日、迫害された子どもたちと女性たちにその罪人たちが敗れた日なのです。

 今日が新たな時代の始まりの日となってほしい。平和が何よりも大切にされ、世界が共に、迫害から、特に性暴力から女性や子ども、マイノリティーを守る道筋を示すために動きだす時代の始まりの日になってほしい。

 私は(イラク北部の)シンジャール地方の南にあるコチョ村で幼少時代を過ごしました。ノーベル平和賞のことは何も知りませんでした。この世界で日々起きている紛争や殺りくを、人が人に対してこのような忌まわしい犯罪を行えることを知りませんでした。

 私が1人の女の子として夢見ていたのは高校の卒業でした。村で美容室を開いて家族のそばで暮らすのが夢でした。でもこの夢が悪夢に変わりました。考えもしなかったことが起きました。大虐殺です。私は母と6人の兄弟、その子どもたちを失いました。全てのヤジド教徒の家族が、この大虐殺のせいで、残酷な同様の体験をしました。

 そうです、私たちの人生は一夜で理解しがたい方向に変わりました。誰もが離れ離れになってしまった家族の数を数えました。平穏なコミュニティーの構造が引き裂かれ、平和と寛容な文化の旗を高く掲げていた社会が、無意味な戦争の燃料にされました。

 私たちの信仰と宗教を理由に、私たちは歴史上、数多くの大虐殺にさらされてきました。トルコにヤジド教徒はほとんど残っていません。シリアにいた8万人は今、5千人です。イラクでもまた同じ運命に直面しています。相当の数が減っています。ヤジド教徒が適切な保護を受けられなければ、この宗教を消し去るというISの企てが達成されるでしょう。同じことはイラクとシリアで暮らす他のマイノリティーにも言えます。

 イラク政府とクルド自治政府が私たちを保護できなかった後、国際社会もまたISから私たちを守れませんでした。私たちへの大虐殺の発生を防げず、一つのコミュニティーが消滅する事態を、ただ指をくわえて傍観していただけでした。私たちの家、家族、伝統、住民、夢は全て壊されてしまいまいました。

 大虐殺後、国内外から同情を受けました。多くの国がこの大虐殺をはっきり知ったのです。それでも止まらなかった。そして世界から消される脅威は今も続いています。

 ISの監獄に捕まっているヤジド教徒の苦境は何も変わっていません。逃げることはできず、ISが破壊したものは何一つ再建されていません。大虐殺をもたらした罪人たちは今も法の裁きを受けていません。私はこれ以上の同情を求めていません。実際の行動に移してほしいのです。

 もし国際社会がこの大虐殺の被害者に本気で手を差し伸べたいのであれば、もし捕らわれているヤジド教徒を本来の地に戻し、ヤジド教徒に自信を取り戻させたいと望むのであれば、国連の監視下で国際的な保護を提供すべきです。国際的な保護なしでは、別のテロ組織による新たな大虐殺に遭わないという保証はないのです。国際社会に必要なのは、大虐殺の被害者に亡命や移住の機会を提供することなのです。

 今日は全てのイラク人にとっても特別な日です。私がノーベル賞を受賞した初のイラク人だからというだけではなく、ISからのイラク解放を祝う日でもあるからです。イラク人は北から南まで団結し、世界のために過激なテロ組織と戦いました。

 この団結は私たちに力を与えました。私たちはISの犯罪を捜査するためにも団結する必要があります。ISの統治を歓迎、援助、加担したものは罪に問われるべきです。IS後のイラクにテロや過激思想の居場所はありません。力を合わせて国を造らなければなりません。安全や安定、繁栄を達成するため共に貢献しましょう。

 2014年、ISやISに感化された者たちが、前例のない残忍さでヤジド教徒を攻撃したことを決して忘れてはいけません。古くからイラク社会を構成してきたヤジド教徒を抹殺しようとしたのです。ISが大虐殺を行った唯一の理由は、私たちが異なる信条や習慣を持ち、殺害行為や人々を捕らえたり、奴隷化したりすることに反対するヤジド教徒だからです。

 21世紀、グローバル化と人権の時代に、6500人以上ものヤジド教徒の子どもや女性が捕らわれの身になり、売り買いされ、性的、心理的に虐待されています。14年から日々訴え続けているにもかかわらず、ISに捕らわれている3千人以上の子どもや女性の行方はいまだに分かっていません。青春のただ中にある少女たちは売り買いされ、捕らわれ、毎日レイプされています。世界195カ国の指導者の良心が、彼女たちの解放のために動かないことが信じられません。もし商取引や油田、武器輸送が関わっていれば、努力は惜しまれないのでしょうが。

 毎日、悲劇的な話を耳にします。世界中の数十万、数百万もの子どもや女性が迫害や暴力に苦しんでいます。毎日、シリア、イラク、イエメンの子どもたちの叫び声を耳にします。毎日、アフリカなどの国々で、多くの女性や子どもが原油のための戦争に巻き込まれ、殺害されていることを目にします。誰も助けてくれません。誰も罪に問われていません。

 約4年間、私は世界を旅して自分の身に起きたことや、私や他の弱い立場のコミュニティーの話をしてきましたが、正義は達成されていないままです。ヤジド教徒や他の女性、子どもに対する性暴力の加害者はまだ罪に問われていません。正義がなければ、私たちへの大虐殺は繰り返されます。正義こそが多様なイラク社会の平和と共存に通じる唯一の道です。もし女性へのレイプや奴隷化が繰り返されないように望むなら、性暴行を武器として使った者の罪を問わなければならないのです。

 賞に授かり本当に光栄なのですが、私たちの尊厳を取り戻す唯一の賞は正義と犯罪者を罪に問うことです。賞の受賞では単にヤジド教徒というだけで殺された住民や愛する人たちの埋め合わせにはなりません。日常生活を取り戻すための唯一の賞は、正義と残るコミュニティーの保護です。

 ここ数日、私たちは世界人権宣言70周年を祝いました。人権宣言は大量虐殺の防止を目指し、加害者の訴追を呼び掛けています。私のコミュニティーは4年以上、大虐殺にさらされています。国際社会は何もせず、加害者に法の裁きを受けさせていません。国際社会にとっては周知の事実ですが、他の脆弱なコミュニティーも民族浄化や人種差別、アイデンティティー変更の対象になっています。

 ヤジド教徒や世界の弱いコミュニティーの保護は、国際社会の責任であり、人権やマイノリティー、女性や子どもの権利の保護を受け持つ国際機関の責任です。紛争や内戦が続く地域では特にです。

 私は、第1次大戦終結から100周年を記念してパリで開かれた平和会議に参加する栄誉に授かりました。しかし、第1次大戦後、どれほどの大虐殺や戦争が起きたでしょう。戦争の犠牲者、特に内戦の犠牲者は数え切れません。世界は戦争を糾弾し、大虐殺を目にしましたが、戦争行為に終止符を打つことに失敗し、再発を防ぐこともできませんでした。

 多くの紛争や問題が世界中に存在する一方で、被害者を支える数多くの取り組みや、正義をもたらすための多大な努力もあります。

 (ドイツの)バーデン・ビュルテンベルク州政府や(州首相の)クレッチュマン氏による取り組みと助けがなければ、私は今日の自由を味わえず、ISの犯罪を告発し、ヤジド教徒の苦難の真実を語れなかったでしょう。私は全ての被害者は正義が行われるまで、安全に避難できる場所が与えられるべきだと考えます。

 寛容と平和を大切にする文化的な社会を育むために、教育が果たす役割はとても重要です。子どもたちへの投資をしなければなりません。心が真っさらな状態の子どもたちは、憎しみや宗派主義ではなく寛容と共存を学べます。女性もまた、多くの問題を解決する鍵となり、社会に永続的な平和を打ち立てるために必要な存在です。女性の声と参加によって、私たちは社会に重要な変化を起こせます。

 私はヤジド教徒であることを、その強さと忍耐強さを誇りに思います。私たちのコミュニティーは何度も攻撃され、存在を脅かされながらも、私たちの権利のために闘ってきました。ヤジド教徒のコミュニティーは平和と寛容を体現しており、世界における模範と言えます。

 この機会に、初めの日から私のメッセージを支持し、届けてくれた人々に感謝の意を伝えたいです。特に、絶えず私のそばにいてくれたチームの人々に。

 ヤジド教徒の大虐殺を認めた全ての政府、弱いコミュニティーに支援の手を差し伸べた全ての政府に謝意を表明します。ヤジド教徒の大虐殺の被害者を受け入れてくれたカナダとオーストラリア、ありがとうございます。フランスとマクロン大統領、私たちの活動に対する人道的な支援に感謝します。この4年間、国内避難民を支えてくれたイラクのクルド自治政府にも謝意を伝えます。イラクの復興支援の会議立ち上げに関し、クウェート首長とノルウェー政府にも感謝します。友人であるアマル・クルーニー(俳優ジョージ・クルーニーさんの妻で弁護士)とそのチームがISの責任を問うため膨大な努力をしてくれたことに感謝します。ギリシャによる難民への限りない支援に感謝します。

 団結して不正義や抑圧と闘いましょう。共に声を上げて訴えましょう。「暴力にノー、平和にイエス、奴隷所有にノー、自由にイエス、人種差別にノー、全ての人の平等と人権にイエス」と。「女性や子どもの搾取にノー、彼女らにまともな、自立した生活を用意することにイエス、犯罪者を野放しにすることにノー、責任を問い、正義を実現することにイエス」と。

 おもてなしとご静聴に感謝します。皆さまの人生がずっと平和でありますように。

★ 演説英文はこちらです。

平和賞の2人、性暴力撲滅を訴え

デニ・ムクウェゲ氏のノーベル平和賞受賞演説

© 一般社団法人共同通信社