「全て壊れた」笑顔悲しく 性被害、告白する勇気

避難民キャンプで取材に応じ、ほほえむヤジド教徒のハラ・サフィールさん。胸のペンダントにはISに拘束された日にちを刻んでいる=2018年11月26日、イラク・ザホ(共同)

 ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさん(25)と同様に過激派組織「イスラム国」(IS)に性奴隷として拘束されたヤジド教徒の女性を取材するため、昨年11月末、イラク北部のクルド人自治区ザホにある避難民キャンプを訪れた。驚いたのは、女性が初めて会った記者に実名で取材に応じ、撮影を快諾してくれたことだった。「全て壊れてしまった」。失うものは何も残っていないと、見せた悲しげな笑顔が印象的だった。

 性暴力の被害を告白するのは勇気がいることだ。時に語ること自体がタブー視され、被害者が非難されることさえある。語ることは再び悲劇を思い出し、痛みを伴うことだということも忘れてはならないだろう。

▽殺して

 きゃしゃな体つきが実年齢よりも幼く見せた。避難民キャンプで暮らすハラ・サフィールさん(22)は父と兄を殺され、母と別の兄2人が不明のままだ。14年8月、生まれ育ったシンジャールの村をISが襲った。

 他の若い女性と一緒に拉致され、ISが拠点とした主要都市モスルに連れて行かれた。イスラム教へ改宗を強いられ、見知らぬ男の「妻」となった。市場で売買され、イラクとシリアを8回ほど行き来。時には毎週男が変わった。自分に付けられた「値段」は知らない。

 「『殺して』と懇願した。銃を持った男たちに囲まれ、どうすれば良かったの」。90個もの錠剤を一気にのみ込み2度自殺を図ったが、死に切れなかった。

 今ハラさんを支えているのは、自分を頼る3人の妹たちの存在だ。キャンプではヤジド教徒の男性から結婚を申し込まれた。うれしくもあるが、襲われたトラウマにも苦しむ。世界各国から集まった残虐な男たちの顔が頭から消えない。

ザホの避難民キャンプのテントの外の洗濯物干し場で遊ぶ子供=2018年11月26日

▽後押し

 キャンプ内の隔離されたテントの中で、ハラさんはとうとうと体験を語った。次第に妹や親族の女性も集まって加勢し、1時間の予定だったインタビューは3時間を超えた。

 記事や顔写真が出て危険が及ばないか、将来を台無しにしないか不安になった私は何度も確認した。だがハラさんは「どこに出ても構わない。私は何も悪くないのだから」ときっぱりと語った。

 その通りだった。彼女たちがIS戦闘員の「戦利品」とされ、性奴隷として非道な扱いを受けたのは、ISが異端視するヤジド教徒だという理由からだ。だが私の目の前にいた彼女たちは、外国人の私とも隔てなく分かり合おうとする気さくな女性だった。

 家族を失い、目の前の生活再建に追われる人々が暮らす避難民キャンプで、同胞のノーベル賞受賞という喜ばしいニュースの風はあまり感じられなかった。だが自らの被害を語り、国際社会を動かしたムラドさんの存在は、声を上げようとする彼女たちの背中を確実に後押ししているのだと思う。

 執筆後、顔写真が載った新聞記事をハラさんに送ると「この記事が必要とされる場所に届いてほしい」とSNSのメッセージが返ってきた。(ザホ共同=根本裕子)

★年齢などは取材時のデータです

避難民キャンプで妹たちと並ぶヤジド教徒のハラさん(右端)=2018年11月26日、イラク・ザホ(共同)

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