性暴力はコミュニティーの分断も生んでいる。ヤジド教の宗教指導者は2015年2月、レイプ被害者の女性も同胞として迎え入れると発表した。だが異教徒との結婚が認められないヤジド教徒の中で、IS戦闘員との間に生まれた子供は受け入れられていない実情がある。女性らの中には子供とともにコミュニティーから離れて生きることを選ぶ人もいるがノーベル平和賞受賞者のナディア・ムラドさん(25)は「戻ってきて」と呼び掛ける。
イラク北部のクルド人自治区シェイハンで子供や女性のための滞在施設を営むヤジド教徒のNGOには16年の設立以降、IS戦闘員との子どもを生んだ女性が数人訪れた。だが施設で受け入れるのは両親がヤジド教徒の子どもだけだ。
施設幹部は「子供と家族の間に将来、問題が起きる可能性がある」と理由を説明する。イスラム教徒の父親を持つ子供は、父の宗教を継承しムスリムとなる。女性の1人は入所を許可される代わりに、子供は別の街の孤児院に預けられたという。
イラクで活動するNGO「MedEast」のポール・キンガリー氏はISによるレイプで生まれた子供が数百人に上ると推測する。運営するシェルターを利用した20代前半の女性は救出時、妊娠8カ月だった。出産後、子供と引き離そうとする実母と対立し、葛藤の末、女性は子供と2人で故郷を離れカナダに移住する道を選んだ。
クルド自治政府によると、ISに拉致された女性は約3500人に上る。イラク第2の都市モスルなどで拘束され、生還したハラ・サフィールさん(22)は拉致された女性の一部が子供と過ごすため脱出をあきらめて戦闘員の下に残ったと明かす。彼女たちが今どこにいるのか、生きているのかどうかも分からない。
暴力を受けた日々を忘れたいと子供を手放す女性もいる一方、一緒にいることを望む女性は多いという。
ムラドさんは12月上旬の授賞式後に行われた中東の衛星テレビ、アルジャジーラのインタビューで、こうした女性たちに向けて「あなたや子どものせいではない。無事でいるなら戻ってきて」とメッセージを発した。(シェイハン共同=根本裕子)
★年齢などは取材時のデータです