わずか100年余の歴史なのに 男性司法の壁厚く 平成の女性史(2)「姓選択」

By 江刺昭子

夫婦同姓強制を合憲と判断した2015年12月の最高裁大法廷

 夫婦別姓に関心が高まったのは、平成が始まってまもなく。1991年2月10日『朝日新聞』朝刊に「遠からず夫婦別姓が選べるようになることはほぼ確実」という記事がある。

 法制審議会の身分法小委員会が夫婦同姓を強制している民法750条の見直しに着手したことを受けた内容だ。日本は85年に国連の女性差別撤廃条約を批准しており、夫婦同姓の強制は条約違反になる。さらに女性の社会進出が進んだことから見直しが始まったのだ。

 この頃、ひとりっ子同士のカップルが、もうすぐ夫婦別姓が認められるからと、表札にも郵便受けにも2人の氏名を堂々と並べていて、うらやましいと思った。わたしが結婚した60年代には、妻は夫の姓を名乗るのがあたりまえ。違和感がありながら、相手と話しあうこともせず社会通念に従ったのをあとで悔いた。

 5年後の96年、法制審議会が答申した民法改正案は「夫または妻の姓」に加えて「各自の結婚前の姓」も選べる「選択的夫婦別姓」だった。

 しかし、答申を受けた政府は改正案を国会に提出しなかった。当時の与党・自民党から異論が出たためだ。その後、何度か国会提出の動きがあったが、反対意見があり実現しなかった。

 国会が改正しないのなら司法に訴えるしかないと、2011年に5人の原告が国を被告に夫婦同姓を強制している民法は違憲だとして東京地裁に提訴した。1審の東京地裁も、2審の東京高裁も請求棄却で敗訴。15年12月、最高裁大法廷判決は「旧姓使用が社会的に広まっており、戸籍名に変わることでの不利益が一定程度緩和される」などを理由に合憲と判断。96年答申からの「失われた20年」が取り戻せるかと期待した多くの人々をがっかりさせた。

 このときの最高裁裁判官15人のうち10人が合憲判断で全て男性。一方、違憲とする意見を述べたのは女性3人を含む5人。アタマの古い男性が司法を牛耳っている限り絶望的なのかと思わせた。

 今も根強い別姓反対理由の一つに夫婦同姓は日本古来の伝統だとする主張がある。だが、勘違いしてはいけない。同姓の強制は1898年施行の明治民法で初めて決められたことで、たかだか100年余の歴史でしかない。それまでは政府の方針(太政官指令)は夫婦別姓であった。

 反対派は夫婦は同姓でなければ家族の一体感が失われるというが、家族は姓だけでつながっているわけではない。大切なのは愛情と信頼だ。

 別姓だと子どもがかわいそうだともいうが、事実婚や離婚で別姓になるケースも多い。そういう場合でも子どもが差別されない社会を目指すべきだろう。

 いま政府は、夫婦は同姓を名乗るべきだが、結婚前の姓を通称として使用できるようにする旧姓使用容認に傾いている。しかし、旧姓が使えるかどうかは所属する組織次第になってしまう。

 例えば結婚後も旧姓使用を望んだ私立高の女性教師が、高校に戸籍姓を強制され人格権を侵害されたとして16年に起こした訴訟では、東京地裁が違法性なしとして請求を棄却した。個性を大事にする教育現場だからこそ個々の生き方が尊重されるべきなのに。

 このときの裁判官3人も全員男性。判決の内容は最高裁判決より後退している。

 職場で旧姓使用が認められたとしても、口座、保険証、各種免許症などは戸籍名でなければならない。妻の姓に改姓した男性4人が昨年、国を相手に訴訟を起こした。

 原告の1人の会社社長は旧姓との使い分けで苦痛を感じている。職場では旧姓のままだが、改姓によって保有株式の名義書き換えに多額の費用がかかるなど、さまざまな負担が生じたという。

 日本人と外国人との結婚や離婚、日本人同士の離婚では個人が姓を選べるが、日本人同士の結婚だけそれぞれが姓を選ぶ規定がないのは法の下の平等に反するとする。

 このような男性側からの異議申し立ては珍しいことで、女の側に身をおいて初めて弱者の痛みがわかったということだろう。今も96%の妻が夫の姓を名乗っているのは、女は男に従うものだという意識が抜けないからだ。リベラルを自任している男性諸氏に問いたい。妻から「わたしの姓に変えて」と言われたらハイハイと従いますか。別姓が認められないとなれば、非婚率はますます高まるのではないか。

 多様性が求められている今日、家族の形も多様であっていい。法律婚で同姓と別姓の夫婦、事実婚、国際結婚、同性婚、非婚、シングルマザーやシングルファーザー、複数の男女の共同生活といったライフスタイルの選択肢は多いほうがいい。

 先の最高裁判決は国会で議論するべきだとボールを投げたが、国会では全く論議が進まず、結果として平成は無為に過ぎた。

 女性国会議員は旧姓使用が多いようだが、不便を感じていないはずがない。党派を超えて手を結び、選択的夫婦別姓の実現に力を尽くしてほしい。支持母体などに気を使わずに。(女性史研究者・江刺昭子)=続く

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