杉本恭一「想像力をはたらかせる創造力豊かな〈ピクチャーミュージック〉の最新型」

『ピクチャーミュージック』の再現ライブをやった意義

──ちょっと話が遡りますが、昨年の3月に高円寺HIGHでファースト・アルバム『ピクチャーミュージック』の再現ライブ(『イチ「ピクチャーミュージック」か!バチ「STEREO 8」か!』)を敢行されましたね。あのライブをやったことで当時31歳だった恭一さんがやろうとしていたことを再認識したり、改めて感じたこと、また本作『think outside the box』の制作にフィードバックしたものはありましたか。

杉本:あの頃は譜面をちゃんと残してなくて、ライブをやるにあたっては一からコピーし直す曲がほとんどで大変だった。でも想像以上に自由にやってたし、アレンジ的にもいろんな仕掛けが施してあるんだなと思ったね。良くも悪くも自分がジョン・レノンくらいの天才じゃないかとまだ勘違いしてた時代だから(笑)、どれも難曲だけど自由にやってたのはわかった。あのライブが今回のアルバムにどう作用したかはわからないけど、なかなかやれないことだから貴重な経験だったとは思う。

──そもそもどんな経緯で『ピクチャーミュージック』を再現してみようと思い立ったんですか。

杉本:HIGHにはイベントでは出てたけど、初めてワンマンのオファーがあってね。10周年ということだったし、ブッキングに関わってる奴とは若い頃からの知り合いで、せっかくならそいつにも喜んでもらえるものにしたかった。それならファースト・アルバムと最新アルバムをいっぺんに聴かせれば面白いんじゃないかと思って。その対比で音楽的なギャップはなかったと思うけど、ファーストの曲はキーがどれも高かったね(笑)。でも結果的には下げずにやったし、まだギリギリできたかな。

──『ピクチャーミュージック』のように20年以上経っても普遍性の高いアルバムを一枚でも多くつくりたい、その思いが今回のアルバム制作へのモチベーションになったりはしませんでしたか。

杉本:再現ライブをやったことで、ますますゼロになろうとした感覚はあったね。それまでの何作かは「この曲は今回のアルバムには合わないかな」と次のアルバムに持ち越したり、たいてい何曲かストックがあったんだけど、今回はそういうのを全部捨てて、全曲を新たにつくりあげていった。そういうことができたのは、あのライブをやったからかもしれない。ストックがない状態でアルバムを完成させたのは、たぶんこれが初めてじゃないかな。

──ツイッターを拝見すると、だいぶ前からレコーディングに取りかかっていましたよね。

杉本:曲をつくり始めてからマスタリングまで丸1年かかったね(笑)。「今年は絶対にアルバムをつくるぞ!」と決意して、2018年の元旦にできたのが「Rain Song」だった。

──そうだったんですか。しかも恭一さんの場合、絶え間ないライブと並行してのアルバム制作だから時間は否応なくかかりますよね。

杉本:再現ライブが終わったと思ったら、すぐに『アコギの夜』の準備に入ったりしてね。ライブの仕込みに入ると同時進行できなくなって、アルバムのことは一旦置いちゃうんだよ。これだけ長く時間がかかったレコーディングは今回が初めてかもしれない。『ピクチャーミュージック』もレピッシュの空いた時間を使って、完成までけっこう長くかかった記憶があるけどね。

──今回、そこまで時間がかかってしまった理由として、ライブ以外に思い当たる節はありますか。

杉本:それはもう明白で、良くも悪くもキャリアが長くなってきたぶんだけ欲がどんどん深くなってきてるから。聴く人によっては今回も杉本恭一らしい楽曲だと感じるかもしれないし、手癖みたいな感じに聴こえるかもしれないけど、自分のなかでは今までと違うところを見つけたいと毎回思ってるし、何か新しいものを見つけられないとOKにはならない。言ってみればだいたいのことはやってきたからね。言葉はまぁ、それが仮に同じような言葉だとしても、自分がその時に言いたいことだからしょうがないんだけど。

自分らしい言葉以外は使いたくない

──「サビイロ」に〈同じようなことして遊んでるのさ/ちょっとだけ歌詞が違う同じ歌で〉という印象的な歌詞がありますが、老舗の味にひと手間加えて新たな味に仕上げるのはなかなか難しいだろうし、自ずと時間もかかりますよね。

杉本:確実にかかる。あと、環境的な変化もあった。レピッシュから俺のソロ作、『PENNY ARCADE』以外の全作でタッグを組んできた松本大英というエンジニアがいてね。若い頃はやたらケンカもしてたけど、『MACKA ROCKA』、『7↓8↑』、『STEREO 8』といったここ何年かの作品では阿吽の呼吸で絶妙なやり取りができていて、良い相方というよりも二人で杉本恭一をやってるくらいの感じだった。その大英が2017年にエンジニアを完全に引退してしまって、そのことも時間がかかった要因ではある。奴に頼ってたこともいっぱいあったし、奴が担ってくれてた部分を一人でできるか不安もあったしね。

──大事な片腕を失ったわけですね。

杉本:まさそういうレベルだった。でも今回はエンジニアのクマ(熊手徹)やマネージャーのまんぢゅうが多大な力を貸してくれたし、新たな環境でこうして良いアルバムをつくれたのはまたひとつ大きな自信になったね。

──恭一さんの持ち味はそのままに、全体を通してフレッシュな印象を感じるのは新たな環境で臨んだ背景があったからなんですね。

杉本:若いクマに対して「俺の音はこうだから」と押しつけることは最初からやるつもりもなかったし、俺が出して奴が録る音、ミックスに向かう音を受け止めながらゴールを見つけようとしたのが良かった。それに奥村大、有江嘉典、中畑大樹の3人は最強だし、信頼しきってるしね。

──〈あれもこれも全部サボってやろうぜ〉と聴き手の背中を押してくれる「ズル休み」のようなミディアム調の曲をリード曲にしたのも新しいですし、それを配信で先行発表したのも新たな試みですよね。恭一さん自身は音楽配信を利用しているんですか。

杉本:普通にiTunesで買ってるよ。俺は整理整頓が全然できないタイプで、CDをアルファベット順に並べるとかができない。CDをデータ化したら全部押し入れ行きだね。そういうタイプにとってiTunesはアルファベット順に検索できるからラクでいいけど、配信は何を買ったか忘れてしまう。「あれ、最近聴いてたの何だっけ?」と思うと、アルファベット順では見つけられずに、結局は〈最近追加した項目〉で見つけることが多い(笑)。

──普段利用しているのであれば、配信リリースにも抵抗はなかったわけですね。

杉本:うん。ちょうど『Tail Peace Tour』の最中だったから、配信で先行して出すのも面白いかなと思ってね。「ズル休み」と「アリカ」と「SAME-OLD SAME-OLD」はすでにツアーでもやっていたから。実を言うと、どの曲を配信しようかと迷う以前に仕上がった曲を配信するしか選択肢がなかったんだよ(笑)。そのレベルまで追い込まれてた。

──ちなみにアルバム完成のゴールが見えたのはいつ頃だったんですか。

杉本:秋口だったかな。けっこうギリギリだったし、今回は我ながら本当によく間に合ったと思う(笑)。

──「月食」のめくるめく幻想的なギター・ワーク、「時間」の時空旅行をしているような浮遊感、「Rain Song」の雨風と呼応するかのような緩急のバランス、「アリカ」のドタバタしたブギー感、「2023」の近未来を想起させるサウンド…と、どの曲も想像力を掻き立てられるような微に入り細を穿つアレンジが施されているし、やはりそこに一番時間を費やしたんですか。

杉本:ところが作曲と編曲はすごく早めに終わったんだよ。聴いてもらう曲順も夏頃には決まってたしね。時間がかかったのは全部歌詞。歌詞がとにかく遅いんだよね。たとえば誰かの歌を聴いても、あまり格好良くないことでもこの人が唄ってるから格好良く聴こえるんだなっていうのがあるじゃない? それと同じように、俺が話してるような言葉以外は使いたくない。どれだけ格好良い言葉でもその人の言葉らしくなければ全然耳に入ってこないし、ダサくて使い古された言葉でもその人らしい言葉ならOKに聴こえる。そういう自分なりの言葉を見つけるのに時間がかかるのかな。

若い頃の根拠なき自信がないとつまらない

──「月食」のように赤い月が浮かぶ夏の雄大な夜空を情感豊かに描く叙情派路線、「SAME-OLD SAME-OLD」のように歩きタバコをしてポイ捨てする俳優に怒りをぶつける直情直結路線と、恭一さんの歌詞は大きく分けて2パターンありますよね。

杉本:曲作りは完全に洋楽志向なので、どちらのパターンでも最初はデタラメな英語の歌詞を乗せてるわけ。それを日本語に変える作業にいつも時間がかかる。言葉の響きと曲の世界観と言いたいことが合致すれば自分のなかでOKが出るんだけど、これがなかなか難しい。まぁそれはレピッシュの頃からずっとそうなんだけど、当時はもっといい加減だったからね(笑)。

──歌詞の試みとして面白いと思ったのは「時間」なんですよね。〈時間〉という言葉から連想される〈守る〉、〈やぶる〉、〈進む〉…といった動詞をパッチワークのように切り貼りしていく手法が曲の世界観にマッチしていて。

杉本:あれは完全にコラージュだね。仮タイトルの時から「時間」で、〈時間〉で思いつく言葉をただ並べていったものなんだけど。あの語りの部分も最初は適当な英語だったんだよ。

──知的な歌詞や物語性のある歌詞も良いですけど、「DaLaLaLa-Ta-Ta-Ta」のような特に意味をなさない言葉が羅列された歌詞もロックンロールの醍醐味だと思うんです。クリスタルズの「Da Doo Ron Ron」、リトル・リチャードの「Tutti frutti」、マンフレッド・マンの「Doo Wah Diddy Diddy」、ポリスの「De Do Do Do, De Da Da Da」のように、意味を伝えることよりも意味のない言葉にこそ感情を揺さぶる何かがあるのが面白いですよね。

杉本:ロックンロールってそういうものだからね。それもその人の言葉に聴こえなくちゃ意味がない。そこが自分の判断基準なんだけれども、近年、自分にしかわからない欲求が上がってて、その及第点を超えないとなかなか完成という気持ちにならないんだよ。ただ、振り返れば何も考えずにつくった曲がずっと残ることもあるし、時間をかければ良いとか、時間がかかってないものが良くないとか、音楽ってそういうことじゃないからね。たまたま今回はかかってしまったというだけで。ちなみに「DaLaLaLa-Ta-Ta-Ta」はもともとサイケデリックなアレンジだったんだけど、歌詞がああなっていくなかでミックスとマスタリングでニュアンスが変わったんだよね。

──「アリカ」は窮屈な時代のなかで〈だけどライブハウスは今日も音が鳴る〉と高らかに唄われるライブハウス讃歌とも言うべき元気の出る楽曲ですね。

杉本:やってることは正しいけど窮屈になってる昨今を唄う歌が今回のアルバムには多いんだけど、ライブハウスは変わらずに我々の居場所としてそこに在るというかね。不安ばかりの毎日なら〈ズル休み〉をすればいいし、おおらかな心を剥ぎ取られるようなことがあればいつものライブハウスへ行けばいい。これがまだ20代だったらただ文句を言う歌だったり、「そんなのブチ壊せ!」とか言うような歌をつくってただろうけど、この歳になると「ズル休み」や「アリカ」みたいな表現になるんだろうね。

──優しくノスタルジックな曲調の「世界本店」は、不寛容な時代が失ったユートピアを唄っているようにも聴こえますね。

杉本:世界本店というのは山谷に実在した立ち飲み屋でね。最近はもうあの辺へ行ってないけど、テレビの報道を見る限り、今も変わらずドヤ街のムードは変わってない気がする。表向きはキレイになったけど中は何も変わらず、ひょっとしたら今のほうがもっと窮屈になってるかもしれない。まぁ、「世界本店」で言いたかったのは時代の移り変わり以上に、『あしたのジョー』の舞台になったドヤ街に「世界本店」とまで言い切った立ち飲み屋があったってことなんだけど(笑)。あと、若い頃にあった根拠なき自信が今もどこかにないとつまらないってことかな。「世界本店」っていう大仰なネーミング、その思い上がったセンスに気持ちが高まるっていうか(笑)。

──〈バンドを始めてまだ間もない頃/みんなで遊びに来たのさ〉という歌詞はほぼ実話なんですか。

杉本:そうだね。現ちゃん(上田現)がああいうドヤ街が大好きで、どっかの雑誌の撮影で行ったこともあった。そのレピッシュのアプローチは失敗に終わったけど(笑)。

──歌詞にある通り、世界本店へ行った時の写真も存在するんですか。

杉本:現ちゃんが亡くなって、現ちゃんに捧げた「空と踊る男」が入ってる『Electric Graffiti』を持って現ちゃんの奥さんのところへ行った時に「こんな写真が出てきた」って言われて渡されたのが、山谷で現ちゃんと俺がはしゃいでる写真でね。「世界本店」は自分のなかでその写真のイメージそのままの曲かな。

音楽がないと生きていけない

──アコギを基調として語りかけるように唄われる「サビイロ」が顕著な例ですが、本作もとにかく恭一さんの歌が艶っぽくていいんですよね。

杉本:これだけ長くソロでやってると〈歌うたい〉という意識が随分と高くなってるよね。もちろんギターと合わせてなんぼなんだけど、ずっとひとりで弾き語りをやってると、ギターがどうのこうのという以上にまず歌でちゃんと表現したいと思うようになった。その辺の意識はだいぶ変わってきたかな。今回のアルバムでも、ギタリストだからギターでいろいろと変わったことを聴かせなきゃとか、あまりそういう意識はしてなかったしね。『MARKING POINT』や『MAGNETISM』の頃は「そろそろちゃんとギターをやるか」って気持ちがあったけど(笑)。近年はそういうのがなくなってきて、逆に複雑になったり難しいことをしてるんだけど、別に長いリードがなくてもいいし、テクニックや変わったサウンドで驚かせたりしなくてもいいかなと思って。どんなサウンドのなかでも歌がちゃんと伝わればいいわけだから。

──歌のレベルも及第点がどんどん上がっていく一方なのでは?

杉本:どうだろう。今回、歌録りはけっこう早かったね。時間が経って言葉を変えたり、部分的に録り直したところはあったけど。唄い方や言葉の載せ方を何パターンかクマやまんぢゅうに聴いてもらって、そのなかでどれがいいかのセレクトが見つかれば録りは早い。その曲に合った唄い方を見つけるまでは何テイクがやってみるけどね。

──アルバム・タイトルの『think outside the box』は〈既存の枠にとらわれない〉、〈型にはまらない考え方をする〉という意味ですが、これは恭一さんの信条を表したものですか。

杉本:そうだね。これまで出した8枚のアルバムもそうなんだけど、今回はより想像力を使って聴いてもらいたいなと思って。

──ロックにせよバンドにせよ、一定のフォーマットに則ったものじゃないですか。その既存の枠をどうはみ出して新たな表現を生み出すかというパラドックスがありますよね。型にはまってどれだけ型破りなことをやるのかという。

杉本:レピッシュを始めた頃は、メンバー5人とも実力がないくせして型破りなことをやろうとしてたんだよ。まだ若くて音楽の知識もないのをいいことに、誰かがやってることは絶対にやらないとかね。最初はそうやって誰々風とか何とか風みたいなのを嫌うバンドだったんだけど、次第にそれだけじゃやっていけなくなる。それで遅れて音楽を勉強するようになって、いろんなことを覚えていく。だけど小慣れる前に、型にはまる前にまた壊してしまう。結局はその繰り返しなんだよね。

──こういう窮屈な時代だからこそ〈型にはまらない考え方をする〉ことが大事というメッセージがタイトルに込められているようにも思えますが。

杉本:もちろんそれもある。みんながちゃんとルールを守るのは間違いなく正しいことだし、それで街がキレイになるのもいい。ただ何事もやりすぎは良くない。なんだか正しさの概念が押しつけがましくなってきたし、そこをちょっとズレたら社会から総攻撃を受けそうな状態はあまりにもしんどいよ。誰かにずっと見張られて生きてるような感じで、このままじゃ耐えきれずに爆発してしまう人が増えそうだし、もっと寛容さがほしいね。特に俺たちはおおらかな時代に青春を過ごせたから余計にそう思うのかもしれない。

──「アリカ」で唄われている通り、おおらかな心を取り戻すにはライブハウスに来るのが一番ですよね。

杉本:それが音楽の力だからね。最近は近所迷惑で怒られるからなんだろうけど、街を歩いていてもどこかの部屋から音楽が聴こえてくることがなくなったよね。iTunesで音楽を聴くのももちろんいいけど、人目を気にせずでかい音を浴びるならライブハウスがあるよってことかな。ライブハウスは俺を含めて〈音楽がないと生きていけない〉人たちの居場所だからね。

──恭一さんはどれだけ生みの苦しみを味わっても〈音楽がないと生きていけない〉んですね。

杉本:音楽のなかにどっぷり浸かっても飽きることはないし、バンドで音を出してる時は最高だし、ソロの弾き語りはバンドとまた違った快感があるしね。そもそも今の自分があるのは音楽のおかげだから。まだ何者でもなかった若い頃に音楽を好きになって、自分で音楽をやるようになって初めて前が見えるようになったからね。今も新曲をつくると聴かせたくなるし、聴かせたくなると作品をつくりたくなるし、ライブもやりたくなる。生みの苦しみを味わってる最中は「もうこれで最後かな」とか思ったりもするけど、こうしてアルバムができるとまたすぐにでもつくりたくなるし、また音楽をやらせてもらう権利をもらった気にもなる。その繰り返しだね。音楽という表現で人を楽しませたり、びっくりさせたり、格好いいと思わせたり(笑)、いろいろとやりたいことがあるけど、やっぱり俺は〈音楽がないと生きていけない〉んだよ。

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