『まよなかの青空』谷瑞恵著 諸事情ありまくりの再生物語

 なんだかいろいろとややこしい人々の物語である。

 主人公の「ひかる」。父親は早くに家を出て、毒母の束縛と泣き縋りに辟易しながら育った。30代になった今は上京して、かなりのマザコン男と暮らしている。

 もうひとりの主人公は「達郎」。リフォーム関係のブラック企業で、すべての感受性を閉ざしながら、詐欺まがいの契約を黙々と取りまくる日々を送っている。

 2人は、幼友達である。10代の頃、故郷の河原のベンチで、家庭では癒やされない傷を抱えたまま、並んで川を眺めた。共にこの現実から逃げ出そうともした。しかし、とある出来事がそれを許さなかった。

 ある日、ひかるが達郎に電話をかけてくる。相手が達郎であるとは知らずに。何でも、亡き父が残したメモに、達郎の携帯番号が記されてあったという。そしてその11桁の数字が「開けるヒント」とやらであることも。

 「開けるヒント」。ひかるや達郎の学生時代、地元の学校の修学旅行を一手に担っていた、団体旅行客向けの鉄道「あおぞら号」にまつわる都市伝説があったのだ。いつの間にか、どの学年にもクラスにも属さない少年「ソラさん」が乗っていて、箱根の寄木細工で作られた箱を渡され、開けることができたら願いが叶うという。

 主人公たちが人生ごと絡め取られているのは「うしろめたさ」である。達郎は、幼い頃「テツヤ」という名の友を殴ってしまったことがある。ひかるは、自分を束縛してきて、離れようとすると泣いてすがる母を置いて上京している。だから2人とも、自分で幸せを選び取るという概念そのものがない。

 ……とまあ、主人公の初期設定を説明するのに650文字である。さらには、ひかるや達郎が知らないところで、何らかの悲劇が同時進行していたりする。2人の他にも、あらゆる登場人物の厄介な人生が、次から次へと描かれる。実にどす黒い悪意の渦が、あちらにもこちらにもパックリと口を開けている。

 けれどご安心あれ。ひかると達郎は、次の目的地を、自分で選び取る。一番欲しいものを、自分で取りに行く。その決断を示すエンディングが、主人公たちのように親との関係で悩む読み手たちに、どうか晴れやかに響きますように。

(文藝春秋 1350円+税)=小川志津子

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